2019年04月16日

アンドレア&ジョバンニ・ガブリエ−リ

  

 

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サンマルコ大聖堂 ヴェネツイア

 ここでヴェネツイアの音楽1と2で取り上げています。 1000年続いた通商国家ヴェネツイアでは交易の必要性から自由な空気と合理性が求められた。ヴェネツイア派の絵画でもそうだが音楽でも独自の文化を育むことになった。


 「16世紀イタリア、ベネチア楽派の頂点を築いた作曲家、オルガン演奏家。アンドレア・ガブリエリの甥(おい)。若いころの記録はほとんどないが、伯父のアンドレアに師事したと考えられている。1575〜79年ミュンヘン宮廷で活躍したが、ふたたびベネチアに戻り、86年にはサン・マルコ大聖堂の第一オルガニストとなり、終生その地位にとどまった。宗教団体「スコラ・グランデ・ディ・サン・ロコ」のオルガニストも兼務している。伯父アンドレアの死(1586)後、ベネチアを代表する作曲家として活躍、97年に出版された曲集『サクレ・シンフォニエ』は、ドイツやオーストリアにおいて彼の音楽が流行するきっかけをつくった。シュッツをはじめとする多くの音楽家が、彼に学ぶためにアルプスを越えてベネチアにきたのはそのためである。しかし1606年以来、腎臓(じんぞう)結石に苦しみ、それが原因で12年8月12日、生地ベネチアで世を去った。

 ベネチア楽派の特徴である多合唱様式(コーリ・スペッツァティ)は、彼によって頂点を極め、二重、三重合唱にとどまらず、四重合唱を要する大規模な作品も現れ、伝統的なモテット様式の究極の姿を示している。『ピアノとフォルテのソナタ』に代表される器楽合奏曲も多合唱様式を基盤とし、バロックのソナタや協奏曲の様式が形成される萌芽(ほうが)としても重要な意味をもっている。」  [樋口隆一さんによる]



   ヴェネツイア派の絵画
   http://hayame.net/custom19.html#spb-bookmark-578 



 彼らの曲はブラスバンドでもよく演奏されている。楽器が金管楽器ゆえに中学生でも軍楽隊でもとりあげられるテ−マのようです。 古楽器による響きはモダンな楽器とは違う。好みですが、ここではオリジナル楽器の当時使用されたものに近いものをとりあげました。



 アンドレア・ガブリエ−リ  1510-1856

  甥のジョバンニが彼の作品を出版した。


Andrea Gabrieli (c.1533-1585) - Toccata del nono tono (M. Raschietti - Organ)
 https://www.youtube.com/watch?v=FLlQWVwlSjM 6分

Andrea Gabrieli - O, Beltà Rara (1566)
 https://www.youtube.com/watch?v=TmZ7VS8XC78 3分

Andrea Gabrieli - Intonazione del quinto tono, Giovanni Gabrieli - Canzon seconda
 https://www.youtube.com/watch?v=UMF8friKT0s 4分

Andrea Gabrieli (c.1533-1585) - Toccata del nono tono (M. Raschietti - Organ)
 https://www.youtube.com/watch?v=FLlQWVwlSjM 6分

O sacrum convivium - Andrea Gabrieli
 https://www.youtube.com/watch?v=-a9pcQx9anA 4分

Andrea GABRIELI= Battaglia a 8.
 https://www.youtube.com/watch?v=Zr6LjzBtyi4 9分



 ジョバンニ・ガブリエ−リ  1554-1612


“Canzon septimi toni", Giovanni Gabrieli | The Green Mountain Project 2012
 https://www.youtube.com/watch?v=yB96NymHfLQ  3分

Sacrae Symphoniae Vol. 1  ミシェル・コルボ ロ−ザンヌ合奏団・合唱団 (モダン)
 https://www.youtube.com/watch?v=CBobif_00UA 49分

Schütz & Gabrieli - Symphoniae Sacrae - Arp Schnitger Ensemble - Oltremontano - Gesualdo Consort
 https://www.youtube.com/watch?v=Z-NH52EM4X8 40分

John Eliot Gardiner, Orchestra/Ensemble: Monteverdi Choir, Philip Jones Brass Ensemble 
 https://www.youtube.com/watch?v=-XwmtDHXtmw  36分

Suscipe - Choir of King's College Cambridge  
 https://www.youtube.com/watch?v=DP8zh3-4qrU  5分

Symphoniae sacrae II (1615): In ecclesiis a 14  
 https://www.youtube.com/watch?v=v5VoKAoj8AE  8分

“Magnificat a 14", Giovanni Gabrieli | The Green Mountain Project 2012 
 https://www.youtube.com/watch?v=45udZI2KKao 8分

Canzon à 12 in echo (3 choirs) Venice 1608  
 https://www.youtube.com/watch?v=0dihteuej6Q  4分

Beata es virgo' a6 - English Cornett and Sackbut Ensemble 
 https://www.youtube.com/watch?v=H492IwtQmfI  4分

Giovanni Gabrieli - Magnificat a 14 / from the CD Monteverdi - The Other Vespers by I Fagiolini  
 https://www.youtube.com/watch?v=_1bPHViiQGA  8分

Canzon Seconda à quattro  
 https://www.youtube.com/watch?v=OD4rqtWx9h4  3分

合唱 Jugendkonzertchores 
 https://www.youtube.com/watch?v=ZAJXo3lTkSs 3分


  2019-4-16

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2019年04月15日

日本の企業劣化 敗戦前を思い出す  山本一郎


 富士通などのSIerの惨状を見ていると、太平洋戦争で負けた大日本帝国を思い出す


          山本 一郎
                      2019/04/11 06:00  文集オンラインより



   東芝、NEC,パイオニア、富士通、シャ−プとかって一世を風靡した企業が凋落してしまいました。現状維持に甘んじた経営をしていると、それでは劣化していき維持すらできないのでしょう。富士通のように45歳で転換やリストラをを求められるのでは、その企業の未来も無いし、人材は流出していく。  日本の現状は、まだ下げ止まっていないのでしょうか。

 山本一郎さんと云えば、我が好きなゲ−ムの世界では「切り込み隊長」として、ゲ−ムをやりこんだ記事を出されるので有名です。忙しい仕事を為されている中で、いつやっているんだろうかと思います。その彼が現行の企業のありさまをレポ−トしてくれました。
 文集オンラインの記事を転載させていただきましたが、時間がたつとオリジナルな原稿が削除されてリンクが切れてしまうことがあるので、原文を載せることにいたしました。他のものでも今後はそのようにします。 リンクを貼るだけではいけないことに気がつきました。




 注) 「 SIerとは、システムインテグレーション(SI)を行う業者のことである。SIに「〜する人」という接尾辞「-er」を付けてできた造語である。システムインテグレーションとは、システムを構築する際に、ユーザーの業務を把握・分析し、ユーザーの課題を解決するようなシステムの企画、構築、運用サポートなどの業務をすべて請け負うことである。これらを行う業者がSIerである。」


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   お金持ちが住む家、まず例外ない事

 猪瀬直樹さんの往年の名著に『 昭和16年夏の敗戦 』(中公文庫)があります。私も引っ越しのたびに本棚を整理するものの毎回生き残り、半年に一度ぐらいは目を通すぐらいに現代でも通用する非常に興味深い記述の多い内容に涙するわけであります。
 ここまで鮮やかな筆致で戦前の空気感や日本の俊英たちの軌跡を描いておきながら、猪瀬直樹さんご自身はカバンに5,000万円が入らず謎の借用書片手に東京都知事の職を追われてしまい『平成25年冬の敗戦』状態になっておったのが物悲しいです。本書と並び、戦前の日本組織について一般に語られるレベルで大きな影響を与えた『 失敗の本質―日本軍の組織論的研究 』(戸部良一ほか・著、中公文庫)もまた、日本って何でこんなつらくて勝てない組織なの? という話が並んでいるので興味津々であります。
コピーライトマーク 文春オンライン コピーライトマークiStock.com


  日本人が経営の組織はだいたい同じ問題を抱えている


 で、先日、日本の大手SIerであり、官公庁から大手企業、地方の中小企業にいたるまで多くの組織の情報化を支えてきた富士通グループというステキ法人について、5年勤めたとされる人物が増田(はてなアノニマスダイアリー)で実情記事を書いていて話題となりました。


  5年いた富士通を退職した理由
 https://anond.hatelabo.jp/20190326233147


 あまりにも感動的でストレートな内容だったため、この界隈だけでなく私の生息する社会調査やサイバーセキュリティ関連の皆さんのハートを直撃しました。もうね、キュンキュンしますよ。開発系の人たちの集まるコミュニティでは大盛り上がりでした。さすがに富士通で働いている人からは「そこまで酷い環境じゃないよ」という反論もいくつか出ていまして、細かい点では事実と異なるのかもしれません。
 しかし、この記事は富士通という組織についてですが、NEC(日本電気)や沖電気、日立製作所、NTTデータといった純正ジャパニーズ企業だけでなく、IBMや日本ユニシス、オラクルなどでも似たような状況があるようで、つまるところ「日本人が経営幹部の組織はだいたい同じ問題を抱えるのだ」という結論にいたり、無事閉会しました。そして本件記事をみなで内容吟味の末、何となくみんなで「これって太平洋戦争末期の日本軍みたいな状況なんだろうね」ということで一致したわけであります。


  毎年の就職活動でやってくる新入社員は「赤紙」


 笑えない冗談として、開発に従事する、いわば兵隊の役割になっている人たちは、退職は「戦死」扱いされ、鬱などでの離脱は「傷病兵」、大規模失注が空母の沈んだ「ミッドウェー海戦」、質の良い開発装備が揃えられず開発工程が遅れるのは日本軍の「補給・兵站軽視」に、客先常駐は「転戦」、経営陣が日経や東洋経済、ダイヤモンドで何か偉そうなことを言うのは「大本営発表」、毎年の就職活動でやってくる新入社員は「赤紙」、デスマーチになってみんな徹夜してヘロヘロになりながらも何とかテスト環境まで漕ぎ着けようとするも検収してもらえるレベルにまで至らないのを「敗戦間近」、プロジェクトの失敗を「拠点陥落」、そして不採算の事業所閉鎖や本社事業の売却などの連絡を「玉音放送」と呼ぶようです。
 全然、笑い事じゃないんですよね。


  敗戦を重ね続けた日本企業の現状


「なぜいま富士通か?」というと、突然45歳以上は再配置、適応できなければリストラ勧告という、凄いことを発表したのが発端でありまして、これもう駄目でしょって言うか、もう来るべき日が来てしまった、もう玉音放送間近なんじゃないかってみんな思っているわけなんですよね。富士通よ、お前もか。


  [スクープ]独自入手、富士通の4月機構改革と人事異動の骨子
  https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00001/01799/


 高い技術力を必要とする現場という観点では、次世代携帯通信の本丸である「5G」関連で言えば、いまやアメリカ資本になったサムソン電子(Samsung)やインテル、クアルコム(Qualcomm)、中国系ファーウェイ(HUAWEI)、ZTE、フィンランドのNOKIAといった各社に、日本の大手企業がなかなか食い込んでいくことのできない現状があります。端末から基地局まで日本市場で頑張っているのは軒並み海外勢で、日本国内向けの市場にしがみついて大手から中小各社がひしめきあって競争をしていた日本企業はあまり海外では通用しなくなってしまって、敗戦を重ね、むしろ部品や素材メーカーとして部分最適を図っていくのが日本のお家芸になってしまった感はあります。


  技術的に海外勢に対抗できない今、すべきこと


 これら通信事業者方面の問題点だけでなく、日本の通信全般やシステム開発関連といった日本の情報化にまつわる大企業に共通した病理にも見えます。富士通やNEC、あるいはNTTグループやKDDIなど単に日本の民間企業がアカンという話だけではなく、『昭和16年夏の敗戦』や『失敗の本質』が指し示すように「組織の風通し」や「資源の調達に見合った作戦立案」、そして何より「組織の明確な目的」が必要で、それらが揃ってはじめて「単年度や中期の事業目標」が策定できるわけです。
 いまや、富士通やNEC単体では技術的に海外勢に対抗することはできず、むしろ技術分野においては過小資本で、事業目的をしっかりと立てて外部資金を大きく導入し、事業と利益とお客様のニーズに資する事業再編や投資を行っていかなければならない局面にあるわけです。
 何といっても、中国ファーウェイは何かと叩かれますが、大学を出て勤務経験10年にも満たない人材がアジア全体の技術戦略を検討するポストに抜擢され、30代そこそこでも決済権限を与えられて1四半期あたり1件10億ドル(1,000億円)の予算を持ち技術投資が行われている時代です。機動的に高い技術力を確保するための作戦を実施するには、優れた人材がまだ若く感度の高いうちに大口の投資を自らの判断でバンバンやっていける環境が本当は必要なのかもしれません。
 もちろんこういう実例は一面においてはバブルの様相を呈しているので、一様に賛美するのはどうかとも思います。ただし、風通しや現場に決裁権限を与えるという面では見習うべき部分は大きいとも感じるんですよ。かたや日本企業では100万円の経費でも稟議の対象となり、開発者1人当たりたかだか月間50万円程度のコストのシンクライアントのVDI(仮想デスクトップ)の導入に3年もの年月がかかる日本企業が組織の意志決定や開発環境の整備で先んじられるはずもないのです。


  日本企業のテーマは「人材流出」


 かたや、データ資本主義と喧伝され、日本国内では安倍晋三総理の指揮の元で内閣官房が中心となりGAFAM対策、つまりは海外のプラットフォーム事業者へ日本がどう対抗するべきかという謎の準備会が立ち上がるようです。気持ちはわかるけどそんなので大丈夫なんですか佐野さん。なんかこう、関東平野にピストン輸送的にB29がお腹にたくさん爆弾抱えて飛来しているところに、みんなで額に鉢巻き絞めて竹槍選手権でも始めるつもりなのかと心配になります。
 何が起きているのかと言うと、先日特徴的な記事が出て少し炎上状態になりました。


  GAFAに人材流出防げ NTTコムの新キャリアパス : NIKKEI STYLE
  https://style.nikkei.com/article/DGXMZO42715110Q9A320C1000000/


 このインタビューに出ているNTTコミュニケーションズの山本恭子さん、名誉のために書くと界隈では悪く言う人の少ないまともな人物で、ややもすると旧弊的な組織をどうにか風通し良くしようと奮闘しているなかでの話だそうです。炎上させるやつって最低ですよね。ただ、開発の現場でラグビーボールが飛び交うようなネタにされてしまい、それを現役NTTコム社員がブログで否定、さらにその人物に対し社内の状況を克明に公表するのは如何なものかと物議を醸しておるわけです。もう少し界隈の皆さんのアナルを拡張工事したほうが良いようにも感じます。
 ここで語られる「GAFAに人材流出」というのは日本企業の大テーマです。人材が逼迫し、良い人を採用するコストを会社がどう負担するのか、いままで組織で頑張ってきた人たちと、外から引っ張ってくる優秀な人たちとの賃金格差を人事体系上、組織としてどう説得力のある形で埋めていくのかというのは重要な問題になっています。


  富士通で起こる「人材流出」のメカニズム


 富士通で言えば、誰もが口を揃えて言いますが若い人の給料はとても安く、優秀でもそうでなくてもたいして給料が変わらない時期が長くあります。しかし、若くても業界でそこそこ名前が売れるほど腕に自信のある人は、社外人脈もできてスカウトもかかり、高給が保証されるようになると、組織の目的もはっきりせず昇給も怪しい富士通には見切りをつけて、よりフレックスで、より明るい環境で、より風通しの良くて、より給料の高い外資系開発会社に簡単に移籍してしまいます。
 富士通が安く新卒を使って開発案件でこき使って有利に経営しようとしているはずが、単なる外資系の優秀な人材選抜システムになっていることになぜ気が付かないのか、不思議でなりません。戦力にならない奴に富士通などの日本企業がイチから社会人として教育し、その金看板でいろんな技術者コミュニティで名前を売る若者が自分からより良い環境を探して飛び立っていく、養分供給場所に成り下がっていることは知っておくべきです。
 逆に、組織にしがみついても今回のように45歳で見切りをつけられる可能性のある富士通にいて展望が拓けるのか? 未来があるのか? と言われれば、組織的にはいくら後から「戦死」と揶揄されようとも他の道を探しておかしくない状況になり得ます。例えば30歳で結婚して、32歳で子どもができて、45歳と言ったら中学生になるタイミングで会社から放り出されるかもしれないという危機感をもっていかなければいけないわけですよ。それなら、富士通ほど安定していないかもしれないけど、デスマーチのない給料の良いところで干されないだけの技術力を磨こう、と考える若者が出てもおかしくありません。
「大手企業に勤めている会社員」という先のない肩書よりも、どこにでも通用する技術を持ち、いろんなところからお声がかかるフリーランスの技術者であるほうが、収入面でも環境面でも有利になってしまう時代が到来しているとも言えます。もちろん、いま景気が良いから大企業よりもベンチャーや外資系のほうが働きやすいというのはあるかもしれません。ただ、この景気の良い状況なのに45歳以上は配置転換を強いる大企業が、次の景気悪化のときにベンチャーや外資系よりも多くの社員を抱えていられるという保証も無くなっているのです。


  敗戦間近ないまの日本企業の悲惨な姿


 そしてそれは、繰り返しになりますが富士通だけの問題ではないのは当然です。このNTTコムでも他の日本企業でも「イケてる人ほど、技術の研鑽のために社外の人たちと交流がある」し、「イケているので、どこの企業でも通用するスキルを持っている(と思われる)」のは共通しています。そこで、世界的な大企業であり、高給が得られるであろうGAFAMの門を叩くのはイケてる人ほど考えるであろうし、何であれば、GAFAMの側からそういう人材をサーチして引き抜きにかかってくることになるのです。
 そこにきて、最近Googleなどでは退職者ブログが流行し、Googleに勤めていた人が、Googleは良い組織で素晴らしい環境だったけどしたいことができたので辞めました、という記事が続々と掲載されることになりました。これを見て、彼我の環境の違いに愕然とする日本企業従業員はたくさんいたことでしょう。
 本当の意味でのフレックス。本当の意味での自由な開発環境。本当の意味での勤務評価に、本当の意味で必要なことは上司に自由にかけあえる企業風土。同じ人間が集まって事業をしているのに、ここまで状況に差ができるというのはどういうことなのか。
 国内で似たような企業が血みどろの競争をする一方、日本にやってくる規模の外資系企業には、世界的な競争に勝ち抜いた錚々たるブランドに強い企業風土を抱えたピカピカの会社が多くあります。国内でどれだけ頑張って官公庁や国内メガバンクの仕事をしていても、海外で通用するプロダクトとはお世辞にも言えないプロジェクトで疲弊しているのが日本企業でもあります。経営者の質の違いだけでなく、資本力、商品・サービスの構成力、利益を生み出す力が、これらプラットフォーム事業者であるGAFAMと日本企業に大きな差として目の前に厳然と突き付けられている、それが敗戦間近ないまの日本企業の悲惨な姿なのですよ。


   繰り返される失敗の本質


 東芝を見ましたか、シャープはどうでしたか、ジャパンディスプレイはいかがでしょう、それと類する事態が企業の崩壊よりも前に優秀な若手人材の大規模な流出、それも取り返しのつかない規模での喪失という現象を起こしているのは、なぜだと思いますか。
 結局は、日本を、社会を、企業をどうしたいのか、どうするのが理想であるのかという具体的なものがまったく見当たらないので、不明瞭な方針しか立てられず、貴重な人材はどんどん戦死してしまい、組織がガタガタになって利益構造が壊滅してからお金が足りなくなって身売り先を探さざるを得なくなる、それが繰り返される失敗の本質なんじゃないかと思うんですよね。


  海外企業が得をする日本の法律の"抜け穴"


 そして、GAFAM対策を日本が急がなければならない理由もはっきりしています。例えば、GoogleやAmazonは日本で合同会社しか設立しておらず、そこで、2,000万円だ、3,000万円だと高額の報酬をもらっている日本人は、その何割かを株式で支払われていたと明言しています。


 Googleの退職エントリーラッシュに見る、多国籍企業のフリーライド感 | プレタポルテ by 夜間飛行
 http://pret.yakan-hiko.com/2019/03/31/yamamoto_190331/


 適法ではあるのですが、確定申告で納税されるのは所得税分だけであって、いまや新たな増税枠とも言える社会保険料はこの株式で支払われた分は支払いの対象になりません。つまり、海外企業で高給取りが増えれば増えるほど、社会保険料という点では払わない人たちが増える、すなわち、日本で真面目に経営をし、またそこで働く人たちががっつりと支払わされる社会保険料によって成立する日本の保険制度は、これらのGAFAMの一部は負担せず、しかし日本の優秀な社員を高給で引き抜き、日本社会で利益を得て、事業をしていることになります。
 また、同様に一部は日本での租税もアイルランド法人などを使って回避していることになりますし、そりゃあB29が飛んでくるのは仕方ないにしても竹槍の一つも手に持っておきたいと考える日本人は少なくないのでしょう。


  日本企業が海外と戦える仕組みをどう作っていくのか


 ただ、よく考えてほしいのは、なぜ私たちは竹槍を持たなければならないところまで追い込まれてしまったのか、ということです。自分の人生を考えて、高い報酬を求めて外資系に転職していく日本人の若者が悪いわけではありません。単に「富士通はほんと駄目な組織だね」とか素朴な感想を持つのは当然としても、私たちや私たちの子どもの世代が竹槍を持たないでも望む仕事がストレスなくできるような日本社会、日本企業を育成し、海外税とも互角に戦えるような仕組みをどう構築するべきかを考えなければならないのではないかと思います。
(著者謝辞:この記事の執筆にあたっては、富士通グループ、NEC、NTTグループほか、多くの技術者の方のご意見を頂戴し、参考にして執筆をしました。すべての文責は山本一郎にあります。お考えを寄せていただいた皆様には、深く感謝を申し上げます)

        (山本 一郎)



  後日談

  先に富士通退職者が書き綴ったブログ記事のエントリー内容に呼応する記事を文春オンラインに書きました。富士通などのSIerの惨状を見ていると、太平洋戦争で負けた大日本帝国を思い出す 日本って何でこんなつらくて勝てない組織なの?


  実のところ、この記事を書くまでに富士通に限らず日本のSIerについて詳しい人たちの集まるFacebookグループで問題意識が高まっていて、スクープがその後誤報とされた「富士通45歳配置換えニュース」もそれなりに事実関係の裏が取れている内容だったようです。
 で、実際にはそういう日本企業の「現場力の高さ」、すなわち使い捨てになりがちな人材でも役目を与えられると最後まで頑張ってくれる、という特質に甘えてしまうマネジメントの問題というのがあります。もちろん、日本企業でもうまく堅実な経営を行い、世界と戦っていける場合も数多くあります。


 キーエンス、コマツ、トヨタ自動車のような、きちんと海外でも戦える系の組織と実績を備えた企業がある一方、ユニクロを運営するファーストリテイリングや日本電産、スズキ自動車のように先陣切って戦う系のトップが牽引するタイプの企業もあります。
 翻って、日本のSIerは特に、世界で戦えるような状況になってない、というのは頭の痛いところでして、細川義洋さんの『システムを「外注」するときに読む本』とかは業界全体で必読にしておいていいんじゃないかと思うぐらい基本が揃っている内容です。

  つまりは、「お前ら頑張れ」という軍隊型組織でSIerやっちゃだめだよ、ってことだと思うんです。きちんとプロジェクトの内容をブレークダウンしたり、具体的に何をやるのか要件定義をし、それに対する作業の見積もりを出し、必要なスキルを持つ人を集めてきて、然るべき期間をかけて、充分な予算を売り上げとして確保する。そういう組織横断、縦断でしっかりと「俺たち何を作るんだっけ」と理解して取り組めるプロジェクトがきちんと稼働して初めて、お客様の求める仕組みが実装出来たり、納期を守って本番環境も上手くいくものだということで。
 逆に、「お前ら頑張れ」の組織だと、この作戦とは何を目指すのか、それに対して何を期待しているのか、どういう完成後のイメージなのかを共有することも怠るようになってしまうわけですよ。富士通に限らず開発プロジェクトを担当する人たちの愚痴は、とにかく営業が安く受注して来てしまうのでやらなければならないプロジェクトを完成までに持っていく工数のコストが利益の出る形で〆られないのだ、と。営業から開発現場、そして保守運営にいたるまで、一定の共通認識を持ち感性のイメージを共有して「安値受注」を安易にしない、案件を取れば後は関係性で利益は後からついてくる的な仕事の仕方を排除する必要があるだろうというのは、みなさん一致した見解なのですよ。
 ところが、そういう知見がなぜかこの手の大企業の経営陣や経営企画にはほとんど活かされることがない。
 で、文春オンラインや先日発表した私の新著『ズレずに生き抜く』で、いくつか仕事でお互い愚痴吐きながらデスマーチを生き抜いた面々の逸話をまとめた小噺が収録されています。概ねの内容は、文春オンラインの記事で無料で読めます。

  ところがですねえ。
 これには後日談があって、念頭に置いている私たちの同志が、先日の人事で開発担当の執行役員になったのですよ。これはめでたい。
 私も企業研修で良く中堅の幹部の方に講演で話すこともあるので、さっそく呼ばれて執行役員になってどんな話をするのか聞く機会があったんですが。
 いきなり、仕事には三本の木が必要だ、とか言い始めるんです。
 それは、現場の「元気、やる気、根気」だと。
 おい。
 みんなでそういう精神論がデスマーチを生み現場に混乱をもたらしたよねって、私ら外注もエース候補も集まってそう結論付けたじゃないですか。一緒に反省会、やりましたよね。適当な思い付きで仕事を始めるのはやめよう、精神論に逃げるのは駄目だって。そういう総括をして、みんなで来期は新しい仕事を納期通りやろう、良い仕事をしてお客様に喜んでもらおうって、そう約束したじゃないですか。
 そのあなたが、昇進した最初の幹部会でそれを言うんですかって、ちょっと言い合いになりました。
 なんとかの法則じゃないけれど、人間というものは昇進した最後のポジションが無能になるという典型にならないよう、嫌がられてコンサル契約を切られるまで現場で働く皆さんのために「お前さあ」と言い続ける役目が私なんだと思っているぐらいです。
 この原稿を書いているところで、驚くべきことに今日ちょうど小学校の父母会があり、そこで体育教諭のご挨拶で体育で必要なものは「まずは何より安全第一」そして「元気、やる気、根気です」ってお話をされていました。体育の授業ですから、無理せず安全に授業をし、楽しく身体いっぱい動かそうねという意味で、元気やる気根気ってのはいいと思うんです。
 ただ、それは頑張って身体を動かしていろんな能力を身に着けようとか、心身の成長に資する授業を怪我せずやり遂げようとかいう話だからこそ意味がある指示だと思うのです。そして、頑張って走って、その頑張りが認められて先生に褒められるのは子どものうちだけです。
 データ資本主義と言われ、知的労働が重要だとされるソフトウェア開発の世界で、頑張ればバグのない綺麗なコードが書けるのだとしたらそれは間違いです。あるいは、経営企画において適切な事業計画を立て、新規事業に投資をし、有望な技術開発にGOをかける、これも頑張ればどうにかなるというものでもありません。
 だからこそ、考える時間が必要だ、落ち着いて取り組める環境が大事だ。そのためには、良い開発機材、優れた環境、最先端の技術や思想を研鑽できる社内・社外の交流の場、リラックスできる時間を自分で管理できる完全フレックスタイム、求められる職能が正しく評価される人事制度、そして、その企業に今後も務めて貢献できる人たちが他に転職していかないよう繋ぎ止められるだけの給料ーー
 しかし、現実には転勤はある、奥さんや子どもとの時間も上手く工面しづらいような勤務体系、硬直化した人事、レベルの低い研修にVDIですらない開発環境といった、どうしようもない職場に満員電車に揺られて通っているのが実態じゃないのでしょうか。これでどうやって知価社会を生き抜き、同業他社に負けない製品やサービスを開発し、世界的な多国籍企業と戦っていくのでしょうか。
 で、そういう話をすると、だいたい経営幹部に上がった皆さんは眉間にしわを寄せて「分かっています、分かっています」と仰います。たぶん、分かって入るのでしょう。でも、それを解決するための方法が見つけられないか、実現できるだけのパワーがないだけで。
 だから、黙ってみているしかないんですよね、現場は。いつまで我慢すれば少しは良い状況になるのか、と苦しい想いを紛らわせながら。

   2019-4-15



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2019年04月10日

忠勇隊


 8.18 の政変で長州が京の政治の中心から追われたころ。全国から集結して京都でうごめいていた尊皇攘夷の志士は長州への下った。七卿落ちでで随従したものもいる。禁門の変が起こるとそれらの勤皇攘夷の志士は忠勇隊に参加した。敗戦とともに生き延びたものは再び長州へ参集した。禁門の変後には忠勇隊を再編することになる。 薩長同盟や高杉晋作の功山寺挙兵に貢献する。坂本龍馬の海援隊に加入したものもいる。 天誅組挙兵、高野山挙兵、英彦山義挙などにも参加した隊員も多く、エネルギ−だけで先走った人が禁門の変で自決や藩の佐幕派による斬死に追い込まれた。しかし草莽崛起の人であるのは間違いない。幕末の歴史の本流を担った人々により成った忠勇隊である。郷土史家がもっと注目してくれればもっと多くのことが分かるのにと思うばかりだ。

 ●禁門の変の忠勇隊
総督  真木和泉
 隊長  真木外記 
     松山深藏
 副隊長 上岡胆治(兼任)
 伍長   黒岩治部之助 
      那須俊平   
      上岡胆治(兼任)

●禁門の変後の忠勇隊
 隊長    中岡慎太郎(のち総督)  
       真木外記(のち総督)
 軍司    長谷川鉄之進 
 伍長    三瀬深造       
       黒瀬一郎助    
       池内蔵太      
       藤四郎        
       息吹周吉      
       北畠四郎

 忠勇隊士 (出身別)


土佐

nakaoka 01.jpg
中岡慎太郎  1838-1867  龍馬と共に暗殺される。 陸援隊隊長
松山深蔵  1737-1864 庄屋の次男として誕生、医学を大阪で学ぶ。江戸へ自費で行く。禁門の変で敗退して自刃27歳
黒岩治部之助(黒岩直方)  1834-1900 三条実美と共に下関に、黒岩涙香は甥にあたる。 明治以降は司 法で活躍 
楠本文吉郎   五卿が赤間へ移る際に随従する
 南部興夫    五卿随従者
伊藤甲之助  1844-1864 七卿と西下、禁門の変で重傷を負い自刃21歳
利岡玄兵衛  七卿と西下 中岡慎太郎より依頼で資金を白石正一郎から受け取る


nasusyunpei.jpg
 那須俊平 1807-1864   天誅組の那須信吾の養父、禁門の変で銃撃で倒れる58歳
 窪田真吉(真田四朗)  魚の行商人だった
 尾崎幸之進   禁門の変で戦死25歳
中平龍之助 1842〜1864 梼原村地下浪人中平佐平、妻登根の長男として産まれる。那須俊平に剣を学び、 同志と気脈を通じ、勤王の志を篤くする。文久3年脱藩、長州忠勇隊に入り禁門の変に参戦した。激闘の末 重傷を負い自決した。22歳
安東真之助  禁門の変で敗退し天王山で自刃22歳
上岡胆治  禁門の変で負傷して自刃42歳
柳井健次  禁門の変で負傷し自決
玉川壮吉  なし
 上田宗児   天誅組には家財を持って応援

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 息吹(伊吹)周吉(石田栄吉)  1839-1901    医師の家に誕生、適塾で学ぶ、天誅組で山と挙兵に 参加、長州へ、禁門の変で負傷、七卿落ちで再び長州へ、海援隊士、下関戦争でユニオン号指揮、維新後県 令を歴任、陸奥宗光が農商務大臣のときの次官。
池内蔵太  海援隊員、ワイルウエフ号遭難で死亡
島並間  天誅組に参加、作州で盗賊と間違えられ最後
安岡金馬  海援隊員
能勢達太郎  禁門の変で敗退し天王山で自刃23歳
大利鼎吉   伊東甲之助の切腹を介錯
井原応輔   なし

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 浜田辰弥(田中光顕) 1843-1939 中岡慎太郎死亡の後陸援隊率いる。宮内大臣などを歴任
  那須盛馬(片岡源馬)   なし
 橋本鉄猪   なし
 池大六(山中敬三)  なし
 三瀬深蔵  なし
 清岡半四郎(公張) 1841-1901  七卿落ちに随従、禁門の変に参加、新政府に出仕
千屋菊次郎  禁門の変で敗退し天王山で自刃28歳
田所壮輔(谷島次郎)  土佐の砲術家
柳井健次  禁門の変で負傷し自刃23歳
細木核太郎   なし



久留米

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 真木和泉・保臣 1813-1864  神職に生まれ、水戸の金沢正志斎に学ぶ、藩政改革を建白して10年の蟄   居、島津久光の上洛で上京、寺田屋事件で幽閉、七卿落ちで長州へ、禁門の変で敗走して自害。
真木外記・鏡五郎  和泉の実弟、
真木菊四郎  和泉の実弟 池内蔵太により暗殺された、
井上善三郎  なし
 佐田剛之助  明治15年に三条実美家文書に建白書「政党者の浮説矯正」を提出
淵上謙蔵  池田屋事件で負傷、 西郷に長州に寛大の処置を依頼
宮田半四郎 禁門の変敗退で長州へ、鳥羽伏見の戦いで重傷
松浦八郎 久留米勤皇党、七卿落ちで長州へ

筑前
 藤四郎  野村望東尼と共に監護された。玄海島に流罪、野村望東尼を姫島より救出
  川辺又四郎  なし
 堀六郎・岡小六 1834-1862  生野挙兵に参加、禁門の変で敗退して長州へ、福岡に戻り玄海島で処刑。
  斎藤要七  1842-1862  七卿落ちに従動、禁門の変で敗退して周防に帰る。福岡に戻り玄海島で処刑。
  大神壹岐  乙丑の獄で斬罪
  小芝三郎兵衛  なし
 小山田三郎  なし
 中村恒次郎  福岡藩士、福岡舛木屋牢獄から兄・中村円太を救出し長州へ、禁門の変で戦死24歳

彦山
 鬼谷嗔  なし
 柏木民部 1838-1871 英彦山の僧徒、7卿落ちで長州へ、維新後司法省に勤める、
安達昇    英彦山僧、 英彦山義挙
安部豪逸 1834-1883  英彦修験僧  英彦山義挙から長州に逃れ、禁門の変に参加、

肥後
黒瀬一郎助  1836-1868  熊本藩足軽、横井小楠暗殺事件の吉田平之助死亡の仇討ちとされて殺される。  禁門の変参加
萱野嘉右衛門・藤村紫郎 1845-1909  7卿落ちで長州へ、禁門の変で敗走、高野山挙兵に参加、北越戦争  参加、県令や知事を務める。兄は黒瀬一郎助。
国友常吉  なし

対州
 青木与一郎  元治元年対馬藩を脱藩して長州へ、禁門の変で戦死29歳
津田愛之助  対馬藩士、禁門の変で戦死18歳
岩谷藤四郎  なし

阿波
 中山八郎  なし
 中山竹次郎  なし
 中山多加二郎  なし

伊予
 飯塚亀太郎  なし
 深尾源次  なし


 沢田震太郎  なし
 沢田真蔵  なし

大和
 林芳太郎  なし
 北畑四郎  なし

越後
 長谷川鉄之進

江戸
 中川児二郎  なし

讃岐
 南長次郎  なし

丹波
 今枝恭蔵  なし

豊後
菊地三郎  なし

出身地不明
三輪繁之助  なし

   2019-4-9






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2019年04月08日

刑事フォイル  最終回シリ−ズ開始




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 海外のテレビ映画の製作手法は日本とは違っていて、時間をゆっくりかけて作っています。シリ−ズに分けて放映している。 ソバカスがかわいらしい若い女優さんが三十路に近いふっくらとした女優として再登場したりします。

 4/6よりこの刑事フォイルシリ-ズがこっそりNHK・BSプレミアムで始まりました。たいした衆知もなかったので知りませんでした。幸い24時間録画機能の器具を持っているので見ることができました。 つまらない韓国ドラマを宣伝するなら、こんな良いものを知らしめてほしいものです。

ナチスドイツの占領国でその国民が軍人として独に協力した国には、ウクライナがあるのは承知でした。ロシアに苦しめられていたウクライナではありそうです。現にいまはウクライナと新生ロシアは対立しています。
 刑事フォイル最終シリ−ズにおいて、英国の捕虜になったソ連人を終戦になって帰国させる問題をとりあげています。 この映画はフィクションゆえに実際にあった事件とはいえないかもしれません。アルマンゾフ号事件としてウイキでいろいろ調べてみても見つかりませんでした。 英国で管理しているドイツ軍・ソ連兵捕虜をオデッサにアルマンゾフ号で帰還させたところ全員が射殺されてしまいます。英国はこれを機密として帰還作業を継続しようとします。これに関して事件が起こり刑事フォイルが捜査していきます…………。

 白系ロシアの人達は反共の立場でドイツに協力した。また、ドイツの捕虜になり反スタ−リンの立場で協力した人も多かったといいます。このような人々を捕虜の返還というな名で返してしまえば、虐殺されてしまうのは明々白々のことです。人道的な難民条約も無かった時代です。 よく脚本にして描いてくれたと思います。 今度のシリ−ズに期待いたいます。
 なお、アマゾンのプライムビデオにてもレンタルでご覧になれます。

   2019-4-8

  追補

 参考までに

Almanzora-1915-02.jpg
 Almanzora号

 秘密の裏切り
 http://www.ihr.org/jhr/v1/v1n4p371_lutton.html  グ−グル翻訳もできます。

  2019-4-12










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2019年04月06日

日本人の 議論は「のんき」すぎてお話にならない 危機感 をもって「本質」を徹底的に追求せよ


 日本の現状を変えるために、例えベイシックインカムをやるにしても現状を固定したままでは、新たな問題の創出に終わるのかもしれません。米国の民主党の大統領候補のひとりに1000ドルを国民に与える主張の人がでてきています。時代は変わってきています。
 アトキンソンさん自身で日本の現状改革のための問題を、まとめたものを出されていますので転載いたします。 彼のことを、小さな古い伝統的な歴史ある企業を再生させたに過ぎない人に大きな日本のことを改革できるわけがないと批判する人もいるようです。 それは形式的なことで述べているだけで、彼の内容について具体的な議論を聞いたことはありません。 考えはいろいろなので良い議論が盛り上がって、さらに向上できるといいです。 福井モデルと関連してアトキンソンさんを読んでみるとおもしろい。



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 デ−ビット・アトキンソン


 経済規模を示すGDPは、「GDP=人間の数(つまり人口)×1人当たりの生産性」という式で表すことができます。これから日本では人口が減るので、生産性を上げないと経済の規模が縮小していきます。これは、かけ算さえ知っていれば誰にでも理解できる簡単な事実です。


 人口が減っても高齢者の数は減らないので、年金や医療費をはじめとした社会保障費の負担は減りません。そのため、日本の場合、経済規模を縮小させてしまうことは絶対に許されないのです。


 生産性を上げるとは、労働者の給料を上げること、そのものです。人件費をGDPで割れば、労働分配率が求められます。つまり、生産性と労働者の給料は表裏一体なのです。
 英国銀行は、労働分配率を下げるとデフレ圧力がかかると分析しているので、デフレを早期に脱却するという意味でも、日本は労働者の給料を上げ、労働分配率を高めるべきです。


 生産性向上にコミットする経済政策を「High road capitalism」と言います。「王道」と訳されることもありますが、見方を変えれば「茨の道」とも言えます。当然、その反対は「Low road capitalism」です。こちらは、ある意味で「邪道」とも言えます。
 経済の「王道」と「邪道」
簡単に言うと「High road capitalism」は高生産性・高所得の経済モデルです。「High road capitalism」の根本的な哲学は「価値の競争」です。市場を細かく分けて、セグメントごとにカスタマイズされた商品やサービスで競い合うのが競争原理になります。そのため、商品とサービスの種類が多く、価格設定も細かく分かれています。

 High road capitalismを志向している企業は、商品をいかに安く作るかよりも、作るものの品質や価値により重きを置く戦略をとります。他社の商品にはない差別化要素であったり、機能面の優位性であったり、とりわけ、いかに効率よく付加価値を創出できるか、これを追求するのが経営の基本になります。
 最も安いものではなく、ベストなものを作る。そのスタンスの裏には、顧客は自分のニーズにより合っているものに、プレミアムな価格を払ってくれるという信条が存在します。
 High road capitalismを追求するには、もちろん最先端技術が不可欠です。そして、それを使いこなすために、労働者と経営者の高度な教育も必須になります。同時に機敏性の向上も絶対条件です。
「Low road capitalism」は1990年代以降、日本が実行してきた戦略です。規制緩和によって労働者の給料を下げ、下がった人件費分を使って強烈な価格競争を繰り広げてきました。
 海外の学会では、Low road capitalismに移行すると、一時的には利益が増えると論じられています。しかし、Low road capitalismによって短期的に利益が増えるのは、技術を普及させるための設備投資が削られ、社員教育も不要になり、研究開発費も削減される、すなわち経費が減っているからにすぎません。Low road capitalismは先行投資を削っているだけなので、当然、明るい将来を迎えるのが難しくなります。まさに今の日本経済そのものです。 実は、「Low road capitalism」でも経済は成長します。しかしそのためには、人口が増加していることが条件になります。人口が減少していると、「Low road capitalism」では経済は成長しません。本来「Low road capitalism」は、他に選択肢のない途上国がとるべき戦略です。先進国である日本は「High road capitalism」を目指すべきだったのです。なぜならば、「High road capitalism」こそが、人口減少・高齢化社会に対応可能な経済モデルだからです。


 日本は「のんきな議論」が多すぎる


 今回の記事にはあえて挑発的なタイトルをつけました。このタイトルは、ある意味、私のフラストレーションの表れかもしれません。 それは、今の日本で交わされている議論は日本経済についての現状検証があまりにも浅く、当然それによって、政策は本質を追求できていない、対症療法的なものになってしまっているという印象を強くもっているからです。


 先週の「日本人の『教育改革論』がいつも的外れなワケ」でも若干触れましたが、人口減少にどう立ち向かうべきかについて、日本で行われている議論の多くは本当に幼稚です。今日本が直面している人口の激減は、誰がどう考えても、明治維新よりはるかに大変な事態で、対処の仕方を間違えれば日本経済に致命的なダメージを与えかねない一大事です。 それほど大変な状況に直面しているというのに、日本での議論はなんとも「のんき」で、危機感を覚えているようにはまったく思えません。こういう議論を聞いていると、正直、どうかしているのではないかとすら思います。
「のんきな議論」は、日本社会のありとあらゆる場面で見ることができます。


  のんきな「競争力」の議論


 先日あるところで、最低賃金を引き上げる重要性を訴えていたところ、「最低賃金を引き上げると日本の国際競争力が低下するからダメだ」と言われました。ちょっと考えるだけで、この指摘がいかに浅いかわかります。
 日本の対GDP比輸出比率ランキングは世界133位です。輸出小国ですから、限られた分野以外では、別に国際的に激しい競争などしていません。また、他の先進国の最低賃金はすでに日本の1.5倍くらいですから、同程度に引き上げたとして、なぜ国際競争力で負けるかわかりません。さらに、多くの労働者が最低賃金で働いている業種は宿泊や流通などサービス業ですので、輸出とはあまり関係がありません。いかにも議論が軽いのです。


 のんきな「教育」の議論

 教育についての議論も、実にのんきです。教育の対象を子どもから社会人に大胆に変更しなくてはいけないのに、日本の大学はいまだに、毎年数が少なくなる子どもの奪い合いに熱中しています。 教育の無償化に関しても同様の印象を感じます。「子どもを育てるコストが高い。だから子どもを産まない、つまり少子化が進んでしまっている。ならば、教育のコストを無償にすれば、少子化は止められる」。おそらくこんなことを考えて、教育の無償化に突き進んでいるのでしょう。確かに、この理屈はもっともらしく聞こえなくもありません。 しかし、これは小手先の対症療法的な政策にすぎません。教育のコストが高いのが問題だから、無償化するという考え方も可能ではありますが、そもそもなぜ教育のコストを高いと感じる人が多いのか。その原因を考えれば、「収入が足りていない」という根本的な原因を探り出すことができます。


 教育の無償化と、国民の収入アップ。どちらを先に進めるべきか、答えは収入アップに決まっています。要するに、少子化問題の本質は教育費にあるのか、親の収入が足りないのかを、きちんと見極める必要があるのです。 事実、日本人の給料は、同程度の生産性を上げている他の先進国の7割程度です(購買力調整済み)。なおかつ長年、若い人を中心に減少の一途をたどっています。問題の本質は教育費ではなく、給料なのです。


 先進国の中では、少子化と生産性との間にかなり強い相関関係があるという研究があります。生産性が低く少子化が進んでいる複数の国で、教育費の補助を出しても思い通りには出生率が上がらなかったという興味深い事実もあります。 ですから、教育費を無償にしても本質的な対処にはなりませんし、税金か借金でまかなうしかないので、結局経済に悪影響を及ぼすのです。


  のんきな「輸出」の議論


 JETROの輸出促進とクールジャパンも同じです。問題の本質が分析できていないと思います。 私の分析では、日本が輸出小国である最大の理由は、規模が小さい企業が多すぎて、たとえすばらしい商品があったとしても、輸出するためのノウハウや人材が欠けている会社が大半だからです。 すなわち、輸出のためのインフラが弱すぎるのです(「ものづくり大国」日本の輸出が少なすぎる理由)。「日本にはいい商品はあるが、輸出は進んでいない。輸出をすれば国が栄えるから、輸出を応援しよう」。おそらくJETROが設立された背景には、こんな思考回路があったように思います。 しかし、思惑通りには輸出は増えませんでした。なぜかというと、JETROの応援なしに、持続的に輸出ができる規模の企業があまりにも少ないからです。日本の産業構造が輸出できる体制になっていない以上、いくら補助金を出して、輸出できない企業が一時的に輸出できる形を作っても、継続的に輸出が増えるはずもないのです。


 まだまだある日本の「のんき」な議論  のんきな「先端技術」信仰


 最先端技術も同じです。去年、落合陽一さんの本を読みました。最先端技術に関しては、氏の主張に異論を唱えるつもりはありません。
しかし、落合さんの主張を見ていると、日本の産業構造自体に技術普及を阻む問題があることに言及していらっしゃらないことが気になります。
あまりにも規模の小さい企業が多すぎて、技術の普及が進まないだけではありません。残念ながら日本では、せっかくの最先端技術を活用する気も、活用するインセンティブも持たない企業が大半なので、落合さんの英知が幅広く役立てられることもないように思います。


 経済産業省のやっていることも輸出の発想と同じです。最新技術を導入すれば、経済は伸びる。しかし、実際には技術はなかなか普及しない。小さい企業は最先端技術を導入するお金がない。「ならば!」ということで、技術導入のための補助金を出す。 これもまた対症療法です。なぜなら、大半の企業は規模があまりにも小さくて、その技術を活用するための規模もなければ、使える人材も、わかる人材もいません。先週の「日本人の『教育改革論』がいつも的外れなワケ」のように、社員教育が著しく少ないことも影響しています。


 のんきな「生産性」の議論


 先日、厚生労働省と打ち合わせをしたときに、最低賃金を上げるのに備えて、その負担を軽減するために、企業に生産性を向上させるための努力を促す目的で補助金が用意されたという話を聞きました。しかし、せっかくの補助金なのに、申請された金額は用意された金額の半分以下だったそうです。やはり、小さい企業は現状のままでいいという思いが強く、生産性向上など考えていないようです。


 経産省も厚労省もまったく思慮が足りていません。分析が浅すぎるのです。 決して公言はしないでしょうが、経産省は「日本企業は、お金さえあれば最先端技術を導入したいと思っている」という前提に立っているようですが、これは事実と反します。何度も言いますが、そもそも日本企業は規模が小さいので、仮に最先端技術を導入したとしても、十分に活用できるとは思えません。 厚労省は、「最低賃金の引き上げの影響を受ける企業は当然、生産性を向上したがる」と思っているようですが、この仮説も根本的に間違っています。


 最低賃金で働いている人の割合が高い企業は、そもそもまともな経営がされていないか、または根本的に存続意義がないに等しい会社が多いので、自ら生産性を向上させようなどという殊勝な考えなど持ち合わせていません。補助金以前の問題です。 そういった企業は、声高に訴えれば政府が守ってくれるとわかっていますので、生産性向上という「余計」な仕事をするインセンティブはないのです。


 のんきな「財政政策」と「金融政策」 のんきな「財政」の議論


 財政の議論も浅いと思います。消費税の引き上げも対症療法でしかありません。 ご存じのように、日本は人口が多く、人材評価も高い割にGDPが少ないです。一方、社会保障の負担が大変重くなっています。そこで、年金の支給を減らしたり、医療費の自己負担を増やして、国の負担を減らすべきだという議論も交わされています。政府は消費税を上げて、税収を増やそうとしています。 しかし、私に言わせれば、この2つの方法は、夢のない、いかにも日本的な現実論にすぎません。この政策は、将来の負担をまかなうために、現状の日本経済が生み出している所得に何%のどういった税金をかけたら計算が合うか、という形で議論されています。あたかも、税率以外の他の変数は変えることができないという前提が置かれている印象です。


 先述した通り、日本の財政の問題は支出の問題でもなければ、税率の問題でもありません。日本の財政の根本的な問題は、課税所得があまりにも少ないことに尽きます。しかし日本の議論では、「所得は増やすことができる」という事実があまりにも軽視されています。
 消費税は上げるべきかもしれませんが、その前に付加価値を高め、その分だけ給料を上げて、上げた分の一部を税金として徴収すれば、それだけでかなりの規模の税収アップになります。


 のんきな「量的緩和」の議論


 経済学の教科書には、いくつかの「インフレの原因」が列挙されています。モノとサービスの需要が相対的に増えること、通貨供給量の増加、円安、財政出動は典型的なインフレ要因です。賃金が増えることも、大きな要因の1つです。
 経済の状況が通常通りならば、財政出動と円安誘導と金融政策で経済は回復します。いわゆる、「インフレは日本を救う」論理です。 しかし、この議論には大きな盲点があります。それは、日本のように給料が減って、人口も減り、消費意欲が低下する高齢化社会では、需要が構造的に減るということです。もはや「通常」の状態ではありません。


 このような状況で、中小企業問題や給料が少なすぎる問題を無視し、金融緩和や円安政策を進めても、通常の効果は出ません(もちろん、やらないよりはマシでしょうが)。給料を徹底的に上げていかないと、金融政策や財政だけでは通常の効果は期待できないのです。 「インフレは日本を救う」というだけの議論は、問題の本質を見極めていない議論です。企業の規模と給料には強い関係がありますから、企業規模を拡大し、給料を高めて初めて、金融政策・財政政策が生きてくるのです。


 あらゆる問題は「給料が少ない」ことに帰する


 デフレ、輸出小国にとどまっている問題、年金問題、医療費問題、消費税、少子化、国の借金、女性活躍問題、格差の問題、技術の普及が進まない問題、ワーキングプア、子どもの貧困、などなど。これらの問題の根源にあるのは、すべて日本人がもらっている給料が少なすぎることです。


 今の政策は、ほぼすべてがただの対症療法です。問題の本質が見えていない。それでは病気そのものを完治させることはできません。
では、どうするべきか。『日本人の勝算』にも書きましたし、本連載でも述べましたが、やるべきことは明確です。世界第4位と評価されている優秀な人材を使って、先進国最低、世界第28位の生産性を上げればいいのです。それだけです。それには、賃金を継続的に上げる必要があります。
このことを、大半の日本企業の経営者が理解しているとは思えませんし、自ら賃金を上げる気のない経営者が多いのも間違いないので、彼らの奮起を期待してもムダです。だとしたら、「High road capitalism」に移行させるために、最低賃金を毎年5%ずつ上げて、彼らに強制的に生産性を引き上げさせるしか方法は残されていません。 それにあわせて、労働者を集約し、企業の規模拡大を促進するべきです。たとえ給料を上げても、企業の規模拡大を追求しない、もしくは小さな企業を守ろうとする政策を実施してしまえば、政策が矛盾し、「High road capitalism」は夢と終わります。
 生産性の向上ができない経営者は、増える一方の社会保障負担を捻出するだけの才能がないのです。潔く企業経営から撤退してもらいましょう。人手不足は当分続くので、労働者は才能のある経営者のところに行けばいいのです。


 最低賃金の引き上げの話を出すと、必ず昨年の韓国で起きたバカげた失敗事例を引き合いに出す人が現れますが、韓国は一気に16.4%も引き上げたから失敗したのです。このことは、すでに何回も指摘しています。だからこそ、日本は毎年5%でいいのです。
また、最低賃金を引き上げると、中小企業は皆つぶれるという意見も必ず寄せられます。しかし、そういう意見を持つこと自体、頭を使っていない証拠だと思います。 すべての中小企業の労働者が最低賃金で働いているわけでもなければ、すべての企業の経営がギリギリなわけでもないので、最低賃金を引き上げたからといって、中小企業が大量に倒産することはありえません。


 日本人労働者の生産性は、イギリス人などのヨーロッパの人々とそれほど大きく違いません。しかし、最低賃金はたったの7割に抑えられているのです。
 人材評価が大手先進国トップの日本は、それを武器に、大手先進国トップクラスの賃金をもらい、再び経済を成長させる。この挑戦にトライするしか、日本に道は残されていません。 それには、中小企業を集約させること。ここに「日本人の勝算」があります。

   (本文の下線は小生がつけたものです)


   東洋経済オンラインより転載
  https://toyokeizai.net/articles/-/275028?page=6 







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2019年04月05日

日本の財政赤字は社会保障費が原因」という嘘


   大村大次郎(おおむら・おおじろう)10年間の国税局勤務 経営コンサルタントによる


 今年の10月から消費税が増税されます。この消費税の増税については、世間の人はみな観念しているようです。「少子高齢化のためにここまで財政が悪化しているのだから仕方がない」とみなさん思っているようです。これまで政治家や財務省は「高齢化社会を迎え、社会保障関連費が増大したために、赤字国債が増えた」などと喧伝してきました。大手新聞社をはじめとするマスコミも、これを大々的に吹聴してきました。でも、これは実は真っ赤な嘘なのです。それは国の財政データをちゃんと見ていけば、猿でもわかる話です。もう、本当にこの話ほどあきれるものはないのです。
 日本の財政というのは、1990年代初頭までは非常に安定していたのです。1988年には、なんと財政赤字を減らすことに成功しているのです。財政赤字を減らしたということは、収入(歳入)が支出(歳出)を上回ったということです。これは「プライマリーバランスの均衡」と言われており、先進国では最近はあまり見られないような財政の良好さなのです。この「プライマリーバランスの均衡」はしばらく続き、1990年代の初頭には、財政赤字は100兆円を切っていたのです。が、バブル崩壊以降の90年代中盤から財政赤字は急増し、2000年には350兆円を超え、2010年には650兆円を超え、現在は850兆円を超えています。このデータは、政府が発表しているものなので、誰もが確認することができます。 データを見れば、財政赤字はバブル崩壊以降に急増しているものであり、1991年からの10年間で600兆円も増えていることがわかります。この90年代に生じた600兆円の財政赤字が、この20年で利子がついて、現在の850兆円の財政赤字になっているのです。

 ところで、赤字国債が急増した1990年代、社会保障関係費というのは、毎年15兆円前後しかなかったのです。当時の税収は50兆円前後だったので、15兆円程度の社会保障費はまったく問題なく賄えていたのです。だから、90年代に積みあがった600兆円の財政赤字が、「社会保障関連費のため」であるはずは絶対にないのです。
 なぜ1990年代で、財政赤字が増大したのでしょうか?その答えは、公共事業です。1990年代、日本は経済再生のためと称して狂ったように公共事業を行ないました。その額、630兆円です。1年あたり63兆円です。このバカ高い公共事業費630兆円がそのまま赤字財政となって今の日本の重石となっているのです。このデータを見てどうやって「財政赤字の原因は社会保障費」などと言えるのか、筆者は不思議でなりません。「財政赤字の原因は社会保障費」などとさんざん吹聴してきた財務省の官僚たち、大手新聞社には、ぜひこの問いに答えてもらいたいものです。そして、読者のみなさんにも、ぜひ肝に銘じておいてもらいたいのです。財務省や大手マスコミというのは、これほど見え透いた嘘を、これほど堂々とつくものなのだということを。
     (以上 大村さんによる)

 いったい90年代に使われた600兆円の公共事業は何につかわれたのでしょうか。 現在でも給料は上がらずに豊かになった実感がない庶民には納得がいきません。 いかに政策が間違っていたのかの証明でもあり。それならドブに捨てたようなもの。その予算の半分とか1/3を国民に配ってしまったほうが景気が回復して良かったかもしれません。


   2019-4-5



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2019年04月03日

長谷川鉄之進 1821-1871


 草莽崛起を吉田松陰が唱えるが、長谷川鉄之進がまさにそれではないのか。 草莽ゆえによく知られていないのかもしれない。

 彼は越後長岡藩の庄屋の家に生まれ、15歳で長善館に入る。26歳で江戸に遊学し浅川善庵に師事。ペリ−来航後は尊王攘夷を唱えて上京。8.18政変に七卿落ちで長州へ。長州藩の挙兵上洛の折に真木和泉、中岡慎太郎と忠勇隊を結成する。禁門の変で四国へ敗走。讃岐で日柳燕石(くさなぎえんせき)や小橋安蔵と親交を結ぶ。 高杉晋作の功山寺挙兵には忠憤隊を結成して協力。戊辰戦争直前に相楽総三らと薩邸浪士隊で討幕の起爆剤になる。北越戦争では居士隊として活動。

 長岡藩は河井継之助と対立して新政府軍側にいた。こんなに歴史的に重要な場面に顔をだしているにも関わらず、新政府の要職にもつかず明治4年に没した。 酒乱だったとか言い、人望がなかったと言っている人がいる。活動に対するやっかみとはいえないだろうか。、薩長の閥に属しているだけで明治に出世していく小物の人達がいることを思えば残念な気がします。


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高杉晋作と長谷川鉄之進が作った歌が並記された扇子


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長谷川鉄之進の墓 海援隊石田栄吉建立


  2019-4-3



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2019年04月01日

新元号発表


 
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 4月1日 午前11字40分ごろ 「令和」と元号が発表されました。 説明を聞いていませんが、平和を命じるという強い決意を感じる言葉ではないかと思われます。



 宮崎正弘の国際ニュ−ス・早読み」の平成最後の31年4月1日 通巻6033号によると

 世界のGDPの320%が負債。大暴落の引き金はどうみても中国
  世界金融恐慌に備えは出来ていますか?
****************************************

 世界のGDPの3・2倍の金額は債務である。これはもはや制御不能(NOT CONTROLABILITY)である。
 1997年のアジア通貨危機は企業の負債超過が引き金を引いた。2008年のリーマンショックは怪しげなサブプライム・ローンだった。しかも高利に釣られ、面妖なファンドを買わされていた中での多数は日本だった。

 ジャンク債を巧妙に織り込んだ「金融商品」がウォール街の錚々たる証券会社から売られたので、うっかり騙されたのだ。
 
 2018年第四・四半期の統計で世界の負債総額は244兆2000億ドル(日本に換算すると2京6862兆円)。
この内訳は各国の政府負債が65・2兆ドル、非金融部門の企業負債が72・9兆、銀行業界(証券、保険を含む)が60兆ドル、そして家計の債務は46・1兆ドル。この金額は2008年のリーマンショックから75%も増えている。つまり世界経済は負債を増やすことで成り立ち、米国の赤字国債だけでも22兆ドルに迫る。

 中国の起業の負債はGDPの160%、ちなみに1988年の日本の企業負債は132%だった。中国の家計の負債はGDPの51%もあって、これは住宅ローン残高が主である。

 小誌がたびたび指摘したように中国はドル建ての社債に「チャイナ・プレミアム」を上乗せされており、高利で売りまくっている。償還となると、借り換えの社債をまた起債し、要するに手形のジャンプだから負債は水ぶくれのように膨張している。

 問題は日本企業が借金を嫌い、むしろ内部留保を増やしているため、銀行は貸し金の相手が不在。内部留保は466兆円ともいわれるが、金利の高いファンドで運用しているところが多い。
 だから日本の財務内容も企業業績も健全であっても、中国発金融恐慌が来ると直撃の津波を被ることになる。

 次の金融恐慌は時間の問題であり、のんびり中中国経済は大丈夫と言っている場合ではないが、すくなくともあなたは備えが出来ていますか?
賢者は危機に備えるというが、日本のメディア、官庁、金融界を見渡しも、のんびりしていますねぇ。  以上転載


 中国のバブル崩壊の世界的大変動への余裕はあと半年ではと彼の他書では述べています。日本の統計不正の問題が発覚しましたが、中国の統計は伏魔殿で実際のところは誰にも分かりません。 これは4.1の案件であってほしいばかりです。

 このような警告を事前に耳にしても、勃発するまでは「茹でカエル」の状況で何一つ変えられないのでしょうね。

 少しでも外貨の現ナマを手元に置いておくしか方法がないのか。最後まで後伸ばしにするのでしょう。

 経済的な問題でも大不況ですが、独裁政権の常にして、対外紛争に問題をにスリカエて国民の不満の目をそらす政策が起きないとも限りません。平和ボケの自国に対処できるのでしょうか?


  2019-4-1






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2019年03月30日

松尾多勢子


 
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 1811-1894

 松尾多勢子は坂本龍馬と手紙のやりとりがあったという、女性尊王攘夷志士です。 52歳で夫の許可を得て上京したというので、だいぶ「遅咲きのうばさくら」かなという感じです。
 島崎藤村の「夜明け前」を若い頃に読ましたが、何も小生覚えがなく、そこには彼女の関連が14回も出てくるといいます。 平田篤胤の門人の6割が伊那谷の地にいたというから、幕末には沸き立った地であったでしょう。

 彼女は豪農武村家で生まれ、名主の松尾家に18歳で嫁いだ。夫が病弱であったので家の切り盛りをして6男4女を育てた。50を過ぎて平田派を学ぶ、和歌はそれまでに親しんできた。 上京した当時の52歳と云えば、今から見れば相当の高齢だと思われます。実際に隠居の身分だった。

 京都では彼女は尊皇攘夷の志士と交わり、皇女和宮の婚姻を図った岩倉具視に接近して佐幕派ではないと断じて通報し、彼を天誅リストから外させた。 彼女は「信州から来た歌詠み婆さん」として怪しまれなかったので情報・連絡に関係した。 交流した運動家には久坂玄瑞、品川弥次郎らがいた。 

 彼女は足利氏木像梟首事件に関連して嫌疑を受けて長州藩邸に逃れる。帰郷して志士を援助、天誅組や水戸天狗党の伊那通過を支えた。鳥羽伏見の戦いが起こると57歳の身で長男を連れて岩倉邸に入る。岩倉家の「女参事」として仕えた。彼女は大政奉還まで志士と議論を重ねた。新政府の樹立を見届けた後に、1869年帰郷して家政を仕切り明治27年に没した。 一説には赤報隊の相楽総三がニセ官軍として処刑されたのにショックを受けて家に戻ったとも言われています。
 
 特筆すべきは彼女には自分の活動を手柄にする気持ちがなかったということです。 多勢子は自分の信念にもとずき、自ら進むべき道を切り開いていった女性です。 幕末には野村望東尼など活躍した女性もいました。

    2019-3-30



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2019年03月28日

福井モデル  藤吉雅晴 追補付き


   未来は地方から始まる


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藤吉正治著 文集文庫

 インテリ漫談俳優シンガ−ソングライタ−である武田鉄矢さんのユ−チュブを聞いて、すぐにこの本を買いました。 コンパクトシテイの富山と福井・鯖江のことが語られる。 これを読むと、雪深い土地で無ければすぐにもそこへ住みたくなりそうです。

 富山の部分は読まなくても、下記で鉄也さんの語り口でそれを聞けば充分でしょう。

  https://www.youtube.com/watch?v=gEpWztuXUcw  101分


 福井は共働き率、日本一。女性の就労率が高い割に、出生率も全国上位です。保育所の収容率1位、正社員比率1位、勤労者世帯の実収入1位。 いつのまにか幸福度のマスコミ報道を耳にしないかと思えば、翔んで埼玉の土屋元知事がクレ−ムを入れて報道しなくなったのだそうだ。 幸福度でも1位です。教育改革にも取り組み
生徒の成績もトップレベルである。

 政府は地方創生大臣まで設けて取り組んでいる割には福井・富山・石川がとりあげられたことは少ないように思う。 
                
 「福井モデル」が現在問題になっていることを解決する一端をみせました。 ここで増永五左衛門を取り上げています。彼のような志を持つ優秀な強いリーダ−がいないと成り立たないと言えますが、「福井モデル」は課題・難題を乗り越えて向上して現在に至ります。 北欧諸国のような人口の少ない国でしか、「北欧モデル」の福祉は成り立たないのか、同様に福井・北陸モデルもそうなのか、もっと身近な問題としてみる必要があるのではないか。

 このようなモデル的生活です。以下。
 コンパクトシテイに住む。スパ−も病院も徒歩5分以内。親子3代が100坪程度の敷地に3代住宅を建てて生活する。子供の保育園への送迎は祖夫母がおこなう。共稼ぎで収入を得て豊。どちらかが起業していて小さな社長業。教育改革がすすんでいて暗記でなく自己解決できる人材に教育が行われている。 どうでしょうか?


   2019-3-28

 共稼ぎ支援を中心に
http://hayame.net/custom5.html#spb-bookmark-103 

 追補

 ベイシックインカムをやるにしても現状を固定したままでは、新たな問題の創出に終わるのかもしれません。アトキンソンさん自身でまとめたものを出されていますので転載いたします。 小さな古い企業を再生させたに過ぎない人に大きな日本のことを改革できるわけがないと批判する人もいるようです。形式的なことで述べているだけで、彼の内容について具体的な議論を聞いたことはありません。考えはいろいろなので良い議論でさらに向上できるといいです。 福井モデルと関連してアトキンソンさんを読んでみるとおもしろい。



 日本人の 議論は「のんき」すぎてお話にならない 危機感 をもって「本質」を徹底的に追求せよ



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   デ−ビット・アトキンソン


 経済規模を示すGDPは、「GDP=人間の数(つまり人口)×1人当たりの生産性」という式で表すことができます。これから日本では人口が減るので、生産性を上げないと経済の規模が縮小していきます。これは、かけ算さえ知っていれば誰にでも理解できる簡単な事実です。


 人口が減っても高齢者の数は減らないので、年金や医療費をはじめとした社会保障費の負担は減りません。そのため、日本の場合、経済規模を縮小させてしまうことは絶対に許されないのです。


 生産性を上げるとは、労働者の給料を上げること、そのものです。人件費をGDPで割れば、労働分配率が求められます。つまり、生産性と労働者の給料は表裏一体なのです。
 英国銀行は、労働分配率を下げるとデフレ圧力がかかると分析しているので、デフレを早期に脱却するという意味でも、日本は労働者の給料を上げ、労働分配率を高めるべきです。


 生産性向上にコミットする経済政策を「High road capitalism」と言います。「王道」と訳されることもありますが、見方を変えれば「茨の道」とも言えます。当然、その反対は「Low road capitalism」です。こちらは、ある意味で「邪道」とも言えます。
 経済の「王道」と「邪道」
簡単に言うと「High road capitalism」は高生産性・高所得の経済モデルです。「High road capitalism」の根本的な哲学は「価値の競争」です。市場を細かく分けて、セグメントごとにカスタマイズされた商品やサービスで競い合うのが競争原理になります。そのため、商品とサービスの種類が多く、価格設定も細かく分かれています。

 High road capitalismを志向している企業は、商品をいかに安く作るかよりも、作るものの品質や価値により重きを置く戦略をとります。他社の商品にはない差別化要素であったり、機能面の優位性であったり、とりわけ、いかに効率よく付加価値を創出できるか、これを追求するのが経営の基本になります。
 最も安いものではなく、ベストなものを作る。そのスタンスの裏には、顧客は自分のニーズにより合っているものに、プレミアムな価格を払ってくれるという信条が存在します。
 High road capitalismを追求するには、もちろん最先端技術が不可欠です。そして、それを使いこなすために、労働者と経営者の高度な教育も必須になります。同時に機敏性の向上も絶対条件です。
「Low road capitalism」は1990年代以降、日本が実行してきた戦略です。規制緩和によって労働者の給料を下げ、下がった人件費分を使って強烈な価格競争を繰り広げてきました。
 海外の学会では、Low road capitalismに移行すると、一時的には利益が増えると論じられています。しかし、Low road capitalismによって短期的に利益が増えるのは、技術を普及させるための設備投資が削られ、社員教育も不要になり、研究開発費も削減される、すなわち経費が減っているからにすぎません。Low road capitalismは先行投資を削っているだけなので、当然、明るい将来を迎えるのが難しくなります。まさに今の日本経済そのものです。 実は、「Low road capitalism」でも経済は成長します。しかしそのためには、人口が増加していることが条件になります。人口が減少していると、「Low road capitalism」では経済は成長しません。本来「Low road capitalism」は、他に選択肢のない途上国がとるべき戦略です。先進国である日本は「High road capitalism」を目指すべきだったのです。なぜならば、「High road capitalism」こそが、人口減少・高齢化社会に対応可能な経済モデルだからです。


 日本は「のんきな議論」が多すぎる


 今回の記事にはあえて挑発的なタイトルをつけました。このタイトルは、ある意味、私のフラストレーションの表れかもしれません。 それは、今の日本で交わされている議論は日本経済についての現状検証があまりにも浅く、当然それによって、政策は本質を追求できていない、対症療法的なものになってしまっているという印象を強くもっているからです。


 先週の「日本人の『教育改革論』がいつも的外れなワケ」でも若干触れましたが、人口減少にどう立ち向かうべきかについて、日本で行われている議論の多くは本当に幼稚です。今日本が直面している人口の激減は、誰がどう考えても、明治維新よりはるかに大変な事態で、対処の仕方を間違えれば日本経済に致命的なダメージを与えかねない一大事です。 それほど大変な状況に直面しているというのに、日本での議論はなんとも「のんき」で、危機感を覚えているようにはまったく思えません。こういう議論を聞いていると、正直、どうかしているのではないかとすら思います。
「のんきな議論」は、日本社会のありとあらゆる場面で見ることができます。


  のんきな「競争力」の議論


 先日あるところで、最低賃金を引き上げる重要性を訴えていたところ、「最低賃金を引き上げると日本の国際競争力が低下するからダメだ」と言われました。ちょっと考えるだけで、この指摘がいかに浅いかわかります。
 日本の対GDP比輸出比率ランキングは世界133位です。輸出小国ですから、限られた分野以外では、別に国際的に激しい競争などしていません。また、他の先進国の最低賃金はすでに日本の1.5倍くらいですから、同程度に引き上げたとして、なぜ国際競争力で負けるかわかりません。さらに、多くの労働者が最低賃金で働いている業種は宿泊や流通などサービス業ですので、輸出とはあまり関係がありません。いかにも議論が軽いのです。


 のんきな「教育」の議論

 教育についての議論も、実にのんきです。教育の対象を子どもから社会人に大胆に変更しなくてはいけないのに、日本の大学はいまだに、毎年数が少なくなる子どもの奪い合いに熱中しています。 教育の無償化に関しても同様の印象を感じます。「子どもを育てるコストが高い。だから子どもを産まない、つまり少子化が進んでしまっている。ならば、教育のコストを無償にすれば、少子化は止められる」。おそらくこんなことを考えて、教育の無償化に突き進んでいるのでしょう。確かに、この理屈はもっともらしく聞こえなくもありません。 しかし、これは小手先の対症療法的な政策にすぎません。教育のコストが高いのが問題だから、無償化するという考え方も可能ではありますが、そもそもなぜ教育のコストを高いと感じる人が多いのか。その原因を考えれば、「収入が足りていない」という根本的な原因を探り出すことができます。


 教育の無償化と、国民の収入アップ。どちらを先に進めるべきか、答えは収入アップに決まっています。要するに、少子化問題の本質は教育費にあるのか、親の収入が足りないのかを、きちんと見極める必要があるのです。 事実、日本人の給料は、同程度の生産性を上げている他の先進国の7割程度です(購買力調整済み)。なおかつ長年、若い人を中心に減少の一途をたどっています。問題の本質は教育費ではなく、給料なのです。


 先進国の中では、少子化と生産性との間にかなり強い相関関係があるという研究があります。生産性が低く少子化が進んでいる複数の国で、教育費の補助を出しても思い通りには出生率が上がらなかったという興味深い事実もあります。 ですから、教育費を無償にしても本質的な対処にはなりませんし、税金か借金でまかなうしかないので、結局経済に悪影響を及ぼすのです。


  のんきな「輸出」の議論


 JETROの輸出促進とクールジャパンも同じです。問題の本質が分析できていないと思います。 私の分析では、日本が輸出小国である最大の理由は、規模が小さい企業が多すぎて、たとえすばらしい商品があったとしても、輸出するためのノウハウや人材が欠けている会社が大半だからです。 すなわち、輸出のためのインフラが弱すぎるのです(「ものづくり大国」日本の輸出が少なすぎる理由)。「日本にはいい商品はあるが、輸出は進んでいない。輸出をすれば国が栄えるから、輸出を応援しよう」。おそらくJETROが設立された背景には、こんな思考回路があったように思います。 しかし、思惑通りには輸出は増えませんでした。なぜかというと、JETROの応援なしに、持続的に輸出ができる規模の企業があまりにも少ないからです。日本の産業構造が輸出できる体制になっていない以上、いくら補助金を出して、輸出できない企業が一時的に輸出できる形を作っても、継続的に輸出が増えるはずもないのです。


 まだまだある日本の「のんき」な議論  のんきな「先端技術」信仰


 最先端技術も同じです。去年、落合陽一さんの本を読みました。最先端技術に関しては、氏の主張に異論を唱えるつもりはありません。
しかし、落合さんの主張を見ていると、日本の産業構造自体に技術普及を阻む問題があることに言及していらっしゃらないことが気になります。
あまりにも規模の小さい企業が多すぎて、技術の普及が進まないだけではありません。残念ながら日本では、せっかくの最先端技術を活用する気も、活用するインセンティブも持たない企業が大半なので、落合さんの英知が幅広く役立てられることもないように思います。


 経済産業省のやっていることも輸出の発想と同じです。最新技術を導入すれば、経済は伸びる。しかし、実際には技術はなかなか普及しない。小さい企業は最先端技術を導入するお金がない。「ならば!」ということで、技術導入のための補助金を出す。 これもまた対症療法です。なぜなら、大半の企業は規模があまりにも小さくて、その技術を活用するための規模もなければ、使える人材も、わかる人材もいません。先週の「日本人の『教育改革論』がいつも的外れなワケ」のように、社員教育が著しく少ないことも影響しています。


 のんきな「生産性」の議論


 先日、厚生労働省と打ち合わせをしたときに、最低賃金を上げるのに備えて、その負担を軽減するために、企業に生産性を向上させるための努力を促す目的で補助金が用意されたという話を聞きました。しかし、せっかくの補助金なのに、申請された金額は用意された金額の半分以下だったそうです。やはり、小さい企業は現状のままでいいという思いが強く、生産性向上など考えていないようです。


 経産省も厚労省もまったく思慮が足りていません。分析が浅すぎるのです。 決して公言はしないでしょうが、経産省は「日本企業は、お金さえあれば最先端技術を導入したいと思っている」という前提に立っているようですが、これは事実と反します。何度も言いますが、そもそも日本企業は規模が小さいので、仮に最先端技術を導入したとしても、十分に活用できるとは思えません。 厚労省は、「最低賃金の引き上げの影響を受ける企業は当然、生産性を向上したがる」と思っているようですが、この仮説も根本的に間違っています。


 最低賃金で働いている人の割合が高い企業は、そもそもまともな経営がされていないか、または根本的に存続意義がないに等しい会社が多いので、自ら生産性を向上させようなどという殊勝な考えなど持ち合わせていません。補助金以前の問題です。 そういった企業は、声高に訴えれば政府が守ってくれるとわかっていますので、生産性向上という「余計」な仕事をするインセンティブはないのです。


 のんきな「財政政策」と「金融政策」 のんきな「財政」の議論


 財政の議論も浅いと思います。消費税の引き上げも対症療法でしかありません。 ご存じのように、日本は人口が多く、人材評価も高い割にGDPが少ないです。一方、社会保障の負担が大変重くなっています。そこで、年金の支給を減らしたり、医療費の自己負担を増やして、国の負担を減らすべきだという議論も交わされています。政府は消費税を上げて、税収を増やそうとしています。 しかし、私に言わせれば、この2つの方法は、夢のない、いかにも日本的な現実論にすぎません。この政策は、将来の負担をまかなうために、現状の日本経済が生み出している所得に何%のどういった税金をかけたら計算が合うか、という形で議論されています。あたかも、税率以外の他の変数は変えることができないという前提が置かれている印象です。


 先述した通り、日本の財政の問題は支出の問題でもなければ、税率の問題でもありません。日本の財政の根本的な問題は、課税所得があまりにも少ないことに尽きます。しかし日本の議論では、「所得は増やすことができる」という事実があまりにも軽視されています。
 消費税は上げるべきかもしれませんが、その前に付加価値を高め、その分だけ給料を上げて、上げた分の一部を税金として徴収すれば、それだけでかなりの規模の税収アップになります。


 のんきな「量的緩和」の議論


 経済学の教科書には、いくつかの「インフレの原因」が列挙されています。モノとサービスの需要が相対的に増えること、通貨供給量の増加、円安、財政出動は典型的なインフレ要因です。賃金が増えることも、大きな要因の1つです。
 経済の状況が通常通りならば、財政出動と円安誘導と金融政策で経済は回復します。いわゆる、「インフレは日本を救う」論理です。 しかし、この議論には大きな盲点があります。それは、日本のように給料が減って、人口も減り、消費意欲が低下する高齢化社会では、需要が構造的に減るということです。もはや「通常」の状態ではありません。


 このような状況で、中小企業問題や給料が少なすぎる問題を無視し、金融緩和や円安政策を進めても、通常の効果は出ません(もちろん、やらないよりはマシでしょうが)。給料を徹底的に上げていかないと、金融政策や財政だけでは通常の効果は期待できないのです。 「インフレは日本を救う」というだけの議論は、問題の本質を見極めていない議論です。企業の規模と給料には強い関係がありますから、企業規模を拡大し、給料を高めて初めて、金融政策・財政政策が生きてくるのです。


 あらゆる問題は「給料が少ない」ことに帰する


 デフレ、輸出小国にとどまっている問題、年金問題、医療費問題、消費税、少子化、国の借金、女性活躍問題、格差の問題、技術の普及が進まない問題、ワーキングプア、子どもの貧困、などなど。これらの問題の根源にあるのは、すべて日本人がもらっている給料が少なすぎることです。


 今の政策は、ほぼすべてがただの対症療法です。問題の本質が見えていない。それでは病気そのものを完治させることはできません。
では、どうするべきか。『日本人の勝算』にも書きましたし、本連載でも述べましたが、やるべきことは明確です。世界第4位と評価されている優秀な人材を使って、先進国最低、世界第28位の生産性を上げればいいのです。それだけです。それには、賃金を継続的に上げる必要があります。
このことを、大半の日本企業の経営者が理解しているとは思えませんし、自ら賃金を上げる気のない経営者が多いのも間違いないので、彼らの奮起を期待してもムダです。だとしたら、「High road capitalism」に移行させるために、最低賃金を毎年5%ずつ上げて、彼らに強制的に生産性を引き上げさせるしか方法は残されていません。 それにあわせて、労働者を集約し、企業の規模拡大を促進するべきです。たとえ給料を上げても、企業の規模拡大を追求しない、もしくは小さな企業を守ろうとする政策を実施してしまえば、政策が矛盾し、「High road capitalism」は夢と終わります。
 生産性の向上ができない経営者は、増える一方の社会保障負担を捻出するだけの才能がないのです。潔く企業経営から撤退してもらいましょう。人手不足は当分続くので、労働者は才能のある経営者のところに行けばいいのです。


 最低賃金の引き上げの話を出すと、必ず昨年の韓国で起きたバカげた失敗事例を引き合いに出す人が現れますが、韓国は一気に16.4%も引き上げたから失敗したのです。このことは、すでに何回も指摘しています。だからこそ、日本は毎年5%でいいのです。
また、最低賃金を引き上げると、中小企業は皆つぶれるという意見も必ず寄せられます。しかし、そういう意見を持つこと自体、頭を使っていない証拠だと思います。 すべての中小企業の労働者が最低賃金で働いているわけでもなければ、すべての企業の経営がギリギリなわけでもないので、最低賃金を引き上げたからといって、中小企業が大量に倒産することはありえません。


 日本人労働者の生産性は、イギリス人などのヨーロッパの人々とそれほど大きく違いません。しかし、最低賃金はたったの7割に抑えられているのです。
 人材評価が大手先進国トップの日本は、それを武器に、大手先進国トップクラスの賃金をもらい、再び経済を成長させる。この挑戦にトライするしか、日本に道は残されていません。 それには、中小企業を集約させること。ここに「日本人の勝算」があります。

   (本文の下線は小生がつけたものです)


   東洋経済オンラインより転載
  https://toyokeizai.net/articles/-/275028?page=6 

2019-4-6















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2019年03月26日

増永五佐衛門


 
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1871-1938

 増永五佐衛門はウイキにも載っていない人物です。明治の初めに福井県鯖江に生まれた。ここは雪深く冬の農閑期になると、農家は生活に困るような状態であった。増永が腐心したのは、農家の生活向上、貧困からの脱出である。そこで桐生から羽二重の技術者を招き桐生をしのぐほどの生産を遂げた。しかし明治33年に株式市場が暴落。各地で金融恐慌が発生した。せっかく成長産業になったのに急速に冷え込んだ。 20代であった増永は次の手を打つ。羽二重で失敗したので、持続できる産業を望んだのである。当時の眼鏡は庶民のものではなかった。 それには初期投資に莫大な資本を要しない利点があり、その将来性に掛けて眼鏡枠産業をやることになる。

 なぜ鯖江が眼鏡生産の一大拠点になりえたのか? 増永は「帳場制」というものを組織した。自ら集めた1期生を熟練させ独立させた。その技術者や製造者をグル−プを作らせてそれぞれを競わせた。結果的に品質は向上した。彼がやっていたのは起業の支援である。
 そうしなければ、今頃は眼鏡の増永産業(株)が地域に大企業として割拠していたであろう。
けれど、どこかの不況にぶち当たり消え去った、有名企業の一つになり、過去の有名企業になっていたであろう。彼のみの栄光を個人の能力で求めたのではありませんでした。

 鯖江は今ではイタリア・中国と3代拠点の一つとして残っている。 真っ先に中国の影響を受け苦境に陥った地でもある。それも乗り切った。

 増永の寒村から脱したいという思い、次に理念を共感する人々。そして、導入した技術を広めていく仕組み。切磋琢磨する地域の人間関係。これらが郷土主義のもとにセットになって、初めて産業としてスピ−デ−に発展していく。地域の課題は、直面している地域で解決していくしかない。国家の政策だけでは地方に行き届かない。
 鯖江は素材革命という手法で乗り切ってきたが、そこには大企業が存在するわけではない。小学生のクラスで半数以上の生徒の親は社長であるという土地で成り立ってきた。

 そんな発展も最初の増永のリ−ダ−シップと理念が無ければ存在しなかった。こういう人をノブレスオブリ−ジュの人に挙げるべきである。


 年表

明治4・1871  豪農増永家に誕生
明治20・1887 桐生の羽二重の技術を導入
明治33・1900 生糸の投機で恐慌が起こる。羽二重は失敗する
明治38・1905 大阪より眼鏡枠職人を招く
明治41・1908 眼鏡枠製造体制が軌道にのる
明治44・1911 内国共産品博覧会で「赤胴金つぎ眼鏡」が受賞する
昭和7・1932  日本産業協会から産業功労者として表彰された
昭和13・1938 死亡

    2019-3-26

 ノブレスオブリ−ジュ











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2019年03月23日

坂本龍馬と近江商人  武田鉄也氏による


 
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 龍馬家紋


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 元坂本家の家紋


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 明智光秀、加藤清正、太田道灌らの家紋



 坂本龍馬の家紋「桔梗の紋所」ル−ツは近江で明智光秀という。以前の姓は大浜のときの紋は丸に田であったというから明智とは関係がないのでしょう。大浜氏が才谷屋という稼業で成功して郷士の坂本家から株を買ったときに家紋を変えて郷士になった。龍馬の先祖は坂本家ではない。しかし近江から流れて来たのでしょう。

 没落した武士は造り酒屋や醸造業・商家に子孫が転進しているのは良くあることだ。 龍馬の家は近江商人に続がりのある家と思われる。 それゆえに、龍馬を「そっと見つめる人」が土佐にはいた。

 近江商人は金融ネットワ−ク、流通ネット 廻船問屋に取り組んでいる集団です。龍馬が船を使った交易に携わるよう行動しているのは不思議なことではない。継母の伊與が三度結婚していて2度目の家が廻船問屋の川島家であったので影響・支援があったかもしれません。

 金銭的には裕福であったが土佐の郷士の脱藩浪人にすぎない龍馬が福井藩主に謁見できたり、幕府要人・勝海舟への松平春嶽の紹介状を得られることは普通ではありえません。何らかの近江商人のネットワ−ク支援があったと思われます。

 「龍馬が行く」を百回も読破した武田鉄矢氏が、新しい視点・近江商人ネットワ−クを述べられています。 YouTubeで彼のTBSラジオ番組がおもしろい。「今朝の3枚におろし」という番組で彼の読んだ本を紹介しています。 最近にこれを知るまで「単なる少しエッチな芸能人」であると誤解をしておりました。講談のような上手い語り口は知られていましたが、本物の読書家インテリ芸能人であったと今では思います。


 武田鉄也・司馬遼太郎「竜馬が行く」 TBSラジオ
 https://www.youtube.com/watch?v=eVE8q1BNVso 89分

   2019-3-23






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2019年03月20日

大村藩と渡辺昇


 大村藩は2万8千石(幕末5万9千石)の小藩である。横瀬浦や長崎にポルトガルを受け入れキリシタン大名であった。秀吉と家康に従ったことにより伝来の領地を明治まで維持した珍しい藩である。長崎を領した藩であるため、佐賀藩と同様に海外事情に敏感な藩であり事後にまでその影響を受けた。 幕末には藩論を勤皇討幕にまとめて、鳥羽伏見の戦いでは50人の兵であったが大津方面に進出して貢献した。賞典禄では薩長土に次ぐ4番目の3万石を 受給した。


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1838-1913

渡邉昇は上士の家に2男として誕生。江戸剣術修行で桂小五郎、近藤勇と親交する。帰藩後に勤皇・三十七士同盟を結成。長崎で坂本龍馬に薩調同盟の必要を説かれ、長州への働きかけを頼まれる。 兄の清と共に大村勤皇党を率いて西郷・大久保・高杉・桂と交流、尊王攘夷運動に傾倒した。 大村騒動で佐幕派を粛清して藩論を尊皇にまとめあげる。 明治になり知事や元老院審議官に就任。子爵。近代剣道の発展に尽くした。

 鞍馬天狗のモデルではないかといわれ、剣術にすぐれ幕末には梅沢武平とともに富永快左衛門を暗殺した。品川弥二郎の命令で盛んに人を切ったといわれる。晩年には斬った亡霊に悩まされたという。維新の功労者すべて交わった人であり、おまけに近藤勇からわざわざ危険の知らせが入るような人物だが、世に余り知られていないのは人斬りの印象が強いせいでしょうか。

   2019-3-20



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2019年03月18日

「中年フリーター」がこのまま高齢化する日本の悲劇


ニュ−ジ−ランドで銃の乱射事件が起きたところです。あの平穏な国でと驚くばかりです。日本では低賃金外国人労働者を入国させるように制度化されてきています。
ここで「ロ−リングフォ−テイ対策」を取り上げています。それから6年が過ぎたけれど、一向に改善される気配もなければ問題ありともされていません。 日本でも秋葉原無差別殺傷事件がありました。これは同国人に対してであったが、ニュ−ジ−ランドのように外国人に向かうこともあるかもしれません。 また、内面へ向かった人には人は孤独死の問題が起こっています。
 障害者雇い入れのの雇用枠を満たしていないと昨年に問題となったことがありました。同じようにこの世代の正社員への特別雇用率を制定してもおかしくはありません。 いずれにしろ政府でいったん雇用して正社員になれるスキルや必要な技術を講習するシステム・施設を公費でつくって援助すべき時期だと思います。
  反乱が起きる前にね。


日刊工業新聞 3/17(日) 9:30配信   労働経済ジャーナリスト、小林美希さんに聞く

政策と企業の間違いが生んだ“社会問題”

超就職難の時代に社会へと出た「就職氷河期世代」は40歳前後の中年となった今も、長期失業者や就職希望の無業者が30万人を超え、男性の非正規雇用者比率は10%近い。氷河期世代について長く取材し、「中年フリーター」などの著書を持つジャーナリストの小林美希さんに、この世代の苦境の現状やその要因、救済策などを聞いた。<このままでは手遅れに>
 ―就職氷河期に社会に出た学生の多くが非正規社員として働くことを余儀なくされました。
それから20年ほどが経過し、彼らの就業状況は改善しているのでしょうか。 改善したとは言えず、むしろ自体は悪化していると感じている。2015年時点で35‐54歳のうち、既婚女性を含まない非正規は約270万人。同世代で扶養に入るための就業調整をしていない非正規の女性は約410万人いるという統計を踏まえると、(既婚女性を含めた)非正規は500万人を超えるかもしれない。この世代が若年層だった01年当時の非正規は410万人ほどだった。
 ―小林さんの著書「中年フリーター」では非正規から抜け出せず、“あきらめ”を感じている方の存在も指摘しています。 取材したある男性から「正社員なんて無理。月給20万円なんてぜいたくだ」といった言葉を聞いた。正社員を目指して努力していたが、報われないまま年を取った。その結果、「今生活できていればいい」という気持ちを抱いている。彼らの苦境は深刻さを増している。このまま高齢者になると生活保護を受ける可能性が高まる。社会問題として本当に手遅れになる。

 ― 各年代別に直近の非正規雇用者比率を見ると、就職氷河期世代にあたる40歳前後の非正規比率は他の年代に比べて特段高くはありません。 年代別に見ると問題は小さく感じるかもしれない。ただ、40歳前後の男性の非正規比率について過去と比較すると、この20年で約5倍に増えている。特に40歳前後は本来、働き盛りだ。その年齢層で非正規が多いのは個々の企業で見ても経済全体で見ても問題だ。
 ―40歳前後となった今も非正規で働く人に対しては「時代の変化を受け入れられなかった40歳前後の非正規雇用者の意識にも問題がある」と指摘する声も他の世代などから聞かれます。 世代間などで考えが分断されるのは危険だ。人ごとになると社会問題として膨らまない。今、正社員の若者だって長時間労働による過労状態などが続けば、いつかは非正規として働かざるを得ない環境が待っているかもしれない。人ごとではなく社会問題として考えていくべきだ。
 ―政府は03年に「若者自立・挑戦プラン」を策定するなど、就職氷河期世代に対して就労支援を行ってきました。これらは効果がなかったのでしょうか。 効果を上げたとは言いがたい。多様な支策は講じたが、それ以上に労働者派遣法の改正などの規制緩和によって非正規を生み出しやすい社会構造に変えてしまったため、(非正規から正社員への転換などが)追いつかなかった。労働者を痛めつける政策を進めてしまい、それが今の(40歳前後になっても非正規として働く)中年フリーターを生み出した。一方で企業にも大きな間違いがあったと思う。<技術革新は従業員の生活の安定があってこそ>
 ―企業の間違いとは何ですか。 00年代前半に企業利益はV字回復していった。ただ、それは正社員の比率を下げ、非正規を増やして利益を確保しただけで、本当の回復とはいえなかった。そしてそのまま非正規の多さは常態化している。企業は従業員の生活の安定の上でしか成長するのは難しい。例えば、製造業も現場の従業員が明日の就業環境について不安を抱えている状況ではイノベーションを起こせるはずがない。今から(正社員比率を高めるなどの)転換を図るべきだと思う。
 ―40歳前後となった無業者に対し、今後はどのような政策支援が考えられますか。 国の支援を基に日当をもらいながら現場で実際に働き、企業と個人の双方が合意すれば就職するといった仕組みが効果的だと思う。単純な職業紹介では足りない。長く無業だったり、単純労働ばかりしていたりした人は現場になじめない人も少なくない。その点でそうした仕組みは働いてみないとわからない部分が埋められる。
 ―“あきらめ”の気持ちを抱く方々に有効な手だてはあるのでしょうか。 カウンセリングが必要だろう。ある人材派遣会社の役員に取材した際に「あきらめてしまった人たちこそ我々の出番だ。カウンセリングしながら自信を取り戻してもらう」という話をしていた。派遣会社にはその部分でこそ力を発揮してくれればと思う。

【略歴】小林美希(こばやし・みき) 1975年生まれ。労働経済ジャーナリスト。神戸大法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社「エコノミスト」編集部記者を経て、07年にフリーに。著書に「ルポ 中年フリーター」「ルポ 保育崩壊」など。

2019-3-18

就職氷河期世代を集中支援 首相、3年計画策定指示
4/10(水) 19:48共同通信配信

 安倍晋三首相は10日の経済財政諮問会議で、バブル崩壊後の「就職氷河期」に社会人となって非正規社員として働く30代半ば〜40代半ばの人を対象に、就職支援を強化するよう関係閣僚に指示した。今後3年間の「集中プログラム」を夏までにまとめ、数値目標も掲げる。中途採用を増やす企業への助成拡充などを民間議員が提言したのを受け「氷河期世代への対応は国の将来に関わる重要な課題だ」と応じた。

 景気回復などで主婦や高齢者の就労が進む一方、氷河期世代の所得が思うように向上せず、正社員化や必要な能力開発が課題となっている

     2019-4-10



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2019年03月17日

龍馬の蝦夷地視察



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神戸海軍操練所

 坂本龍馬は蝦夷地に並々ならぬ関心を持っていました。妻のお龍も「私も行くつもりで、北海道の言葉の稽古をしていました」と回顧している。

 神戸海軍塾の同志4人を蝦夷地視察に送り出している。

安岡斧太郎・金馬
1839-1864 土佐勤皇党 天誅組挙兵で処刑  

小松小太郎
1844-1863 蝦夷地に渡る船中で発病し函館で病死

能勢成章・達太郎
1842-64 禁門の変で自刃

北添桔磨・きたぞえきつま・本山七朗
1835-64 高知高岡郡岩目地村の庄屋の5男、16歳で庄屋色を継ぎ、19歳で大庄屋となる。文久3・1863 本山七郎を名乗り江戸にでる。 池田屋事件で自刃
映画「蒲田行進曲」の階段落ちの彼を描いたシ−ンが有名であるがこれは創作である。

龍馬のこの視察は、京にあふれている浪士たちをそのまま蝦夷地に移住させ、対ロシアを意識した屯田兵と化し、治安回復、北方警備を一挙に行なえる可能性をもった計画だった。
龍馬は下田で海舟と会合し、京摂の過激の輩数十人(あるいは200人程)を蝦夷地開拓と通商に送り込む構想を話し、老中・水野忠精も承知し、資金三、四千両も集めていると述べている]。

 池田屋事件と禁門の変で操練所の仲間が加わったことにより操練所が閉鎖になり混乱したことにより蝦夷地の件は実行されなかった。暗殺されてしまいましたが、龍馬の祖尾後の活躍で維新の功業がなったわけで、蝦夷地移住が行われていれば、日本の歴史も違ったものになっていたでしょう。

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北海道坂本龍馬記念館

 明治になり親族が北海道に移住している。海援隊同士の菅野覚兵衛も夢を引き継ぎ福島の原野開発に投じている。


   2019-3-17



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2019年03月13日

大戸屋 一斉休業で社員研修


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 チキン かあさん煮定食


 昨日「大戸屋」で1日休業して研修を行ったという報道がありました。休業することにより1億円余の収入が消えたとの報道です。

 「タモリ俱楽部」のTV放映において、「餃子の王将」の店内で意思疎通に使用されている中国語を取り上げていました。 あれですと新人バイトには、その使用に慣れるまでに時間がかかりそうです。 そのことを事前に知っていればバイトする気にはなりません。安い賃金なら「やってられない」という感じでした。

 非正規の人員を利用して、質の高いサ−ビスを提供するビジネスモデルが、最近のSNSに上がっている投稿記事による問題を見るに、そろそろ破綻してきたのではないでしょうか。

 我々老人世代が20代の頃には、正社員よりもバイトの日当の方が高いことがあり、小生でもこれなら就職しなくてもいけるのではと思える時代でした。今では考えられない恵まれた時代であった。そうしてたら人生半ばでホ−ムレスになって野垂れ死にしていたでしょうが。 お気楽なバイト世代には、今のことは分からない。

 下記の記事もおもしろく読みました。
「バイトは教育で真人間にしろ」が、ブラック企業につながる理由」窪田順生

 結論はひとつ「賃金を上げよ」

大戸屋も1億円をバイト賃金アップに使うなり、ゴメンナサイセ−ルでその額を代金の値引きに使うほうが効果があるのかもしれません。ビジネスモデル転換時期の問題なら易々とは解決しないでしょう。

  2019-3-13



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2019年03月10日

ラドガ−ス大学 日本人留学生

 
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ラドガ−ス大学  
 

 長州や薩摩の幕末留学生は最初は英国をめざしました。薩摩の第2次留学は米国になりました。最初の留学生でも費用に困り米国に行くことになる者もでます。 新島襄や漂流民も米国で手厚い教育を受けることがあった。当時の東海岸の米国人は古き良き時代の気質を持っていて、東洋人でも気に入られれば生活や学資のめんどうをみてくれた。人種差別の国の印象が強いが敬虔なキリスト教徒の良き伝統に満ちた人々がいたと言えよう。

 ラドガ−ス大学・Rutgers Universityは州立大学で東部の名門校である。海外留学生の学費は年に300万円程で給付特待学生にでもならない限り庶民には進学できるものではない。
    
 明治の初期に海外へ留学した人は300−500人とも記録されているという。ラドガ−ス大学には多くの人員がそこで学んだ。 1867年、福井藩で最初の海外留学生、日下部太郎は時の越前福井藩主松平春嶽の命を受けて渡米し、ラトガース大学に入学した。日下部は学業では、素晴らしい成果を修めたものの肺結核に倒れ1870年26歳で没した。日下部の墓は今もラトガーズ大学のあるNew Brunswickにある。これが縁となり日下部の出身地である福井市とニューブランズウィック市は姉妹都市関係にある。その後も幕末からの10年間で少なくとも300人以上の日本人がラトガーズ大学に留学したという。その中には松方コレクションで有名な松方幸次郎、海援隊隊士として活動した菅野覚兵衛や白峰駿馬、さらに勝海舟の嫡男・勝小鹿や岩倉具視の息子(岩倉具定・具経兄弟)、最初に渡米した横井佐平太・横井太平兄弟がいた。

 以下、詳しく留学生を見て見よう。

最初の留学生である横井左平太・大平兄弟:横井小南の甥、1864 年坂本竜馬の手引きで勝海舟の神戸海軍 伝習所に入るが、翌年閉鎖された後、1865 年長崎済美館に移りフルベッキから英語 を学んだ。1866 年フルベッキの斡旋でラトガースのグラマースクールに留学するが、 幕府の渡航・留学解禁前だったため変名での密航留学だった。留学資金は横井小楠 の弟子徳富一敬(蘇峰・蘆花の父)が実家から調達提供した。初めての日本人留学 生の受入実現についてはオランダ改革派外国伝道局総主事フェリスが不足資金の募 金も含めて懇切に面倒を見た。これを皮切りに、以後続々とラトガースに留学生が 送り込まれ、その総数は幕末・明治初期の海外留学生の半数に上った。左平太は 1869 年に薩摩藩英国留学生だった松村淳蔵と共にアナポリス海軍兵学校 に転校する。日本人の入学が禁じられていた米国の兵学校に入学できたのは、フェ リスが動いて米国上下両院の個別決議を取得出来たからだった。 大平は結核のため 1869 年帰国、熊本洋学校の設立に尽力し、フルベッキに外人教 師斡旋を依頼する。しかし、キャプテン・ジェーン着任した 1871 年に大平は病没し た。なお、小楠はフルベッキを長崎の自宅に訪ね西洋事情等を聞いていた。横井兄 弟を嚆矢に、ラトガースに留学するものが相次いだ。

 日下部太郎:福井藩士、横井兄弟同様済美館でフルベッキから英語を学んでいたが、 1866 年海外渡航が解禁されたのを受けて、藩主松平春嶽の命で 1862 年ラトガースに 留学する。グラマー・スクールで当時学生だったグリフィスから英語・ラテン語 を学んだ後、大学 2 年に編入されるが、成績極めて優秀で首席を通した。1780 年卒 業目前で病死したが、大学は卒業と認め、名誉あるファイ・ベータ・カッパ会員に も推挙された。グリフィスがその後福井藩の洋学校教師として来日するきっかけは、 この日下部との出会いだった。

岩倉具定・具経兄弟:岩倉具視の次・三男、長崎致遠館を経てラトガースに留学。

服部十三:岩倉兄弟に随行、ラトガース大学を卒業。帰国後岩手、広島、長崎、兵庫 県知事。

折田彦一:岩倉兄弟に随行、プリンストン大学卒業。帰国後三校校長。

山本重輔:岩倉兄弟に随行、ラトガースを経て、ニューヨークのレンセラー工業学校 卒業。帰国後工部省高山寮、日本鉄道会社技師長。

勝小鹿:勝海舟長男。ラトガースから松村淳蔵と共にアナポリス海軍兵学校に転校

高木三郎:勝小鹿に随行、ラトガース留学、米公使館書記官、養蚕業振興。

富田鉄之助:勝小鹿に随行、後日本銀行総裁、東京府知事。

高橋是清:勝小鹿に同行、米国到着早々奴隷扱いされて翌年帰国、フルベッキが大学 南校時代に森有礼に託され高橋是清を自宅に預かる。後大蔵大臣、総理大臣)、

鈴木知雄:勝小鹿に同行、高橋是清と共に奴隷扱いされて翌年帰国、後日本銀行出納 局長

畠山義成:薩摩藩英国留学生、アメリカの T.L.ハリスのキャンプ40を経て、ラトガー ス大学に入学、その後岩倉使節団に現地参加。帰国後東京開成学校(現東京大 学)初代校長。

松村淳蔵:薩摩藩英国留学生、アメリカの T.L.ハリスのキャンプを経て、ラトガース 大学に入学。その後勝小鹿と共にアナポリス海軍兵学校に転校。帰国後海軍兵 学校長、海軍中将。

吉田清成:薩摩藩英国留学生、アメリカのハリスのキャンプを経て、ラトガース大学 に入学。アナポリス海軍兵学校を目指すが断念。帰国後大蔵小輔、米国公使、 農商務大輔など。米国公使の時、寺島外務卿の下で条約改正交渉に従事。

菅野覚兵衛:土佐勤皇党、神戸海軍操練所、海援隊、明治2 米国留学、明治7 帰国して海軍省、郡山で原野開拓。

白峰駿馬:長岡にうまれる、神戸海軍操練所、海援隊、明治2 米国留学、明治7 帰国、
明治11 白峰造船所を経営。



 ラトガース留学生が並外れて多いのは、フルベッキ以外にもオランダ改革派・ラトガース大学人脈が多数来日していたこと(初に来日した三人に続いて、バラ、スタウト、クラーク等の宣教師、福井藩校教授に招聘され、後大学南校に転じたグリフィス、文部省顧問として招聘されたモルレー、2代目米国特命全権公使のブルイン等)と、受入側のオランダ改革派外国伝道本部総主事フェリス父子の積極協力に負う所が大きい。

 安政 5 年(1858 年)に日米修好通商条約調印されると、米国プロテスタント教会三派が一斉に日本に宣教師を派遣した。 安政 6 年(1859 年)に米国の聖公会がリギンスと C.W.ウィリアムズを長崎に、長老教会がヘボンを横浜に、オランダ改革派がブラウンとシモンズを横浜に、フルベッキを長崎に派遣した。 蘭学から英学 への転換が急務だった幕府や諸藩は、競って宣教師を英語教師に雇った。このような 情勢下長崎に着任した米オランダ改革派の宣教師フルベッキは、幕府洋学校の英語教 師に、そして佐賀藩洋学校には校長として雇われた。
フルベッキ(Guido Herman Fridolin Verbeck,1830-1898):1859.11 長崎に着任。オランダ生まれで、 22 歳の時アメリカに移住しエンジニアとして就労。26 歳で長老派のオーバン神学校に入学。在学 中にブラウンの教会でドイツ人向け説教を手伝っていた。この年 29 歳で卒業と同時に、「3 人目 はアメリカナイズされたオランダ人」の選考基準に叶いオランダ改革派の日本派遣宣教師に選ばれた。オランダ系フルベッキのフルベッキは人材のあつまった長崎に派遣されたことにより、大隈重信など有用な人材を育成し、初期の明治政府の顧問として大きな活躍をした。 以上 岩崎洋三さんによる


    2019-3-10


  明治維新の裏方 フルベッキと大隈重信 大幡さんによる
  http://oflag.sblo.jp/article/182250790.html?1552181229 


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2019年03月08日

菅野覚兵衛・千屋寅之助



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1842-1893

 司馬遼太郎「竜馬がゆく」を100回余を愛読したという武田鉄矢さんは、菅野覚兵衛が留学から帰国して一般水兵として海軍に入ったと話していました。 奇妙に思えたので、調べてみても、そのことは分からず。入隊後に、2年ほどで少佐になる。そのことは修正されて相応な待遇になり、不思議なことではありません。
 菅野覚兵衛は第2次長州征討時に、高杉晋作と伴にユニオン号艦長として小倉攻撃に参戦している維新の功有る海援隊士です。

 龍馬の妻お龍の妹・君江と結婚する。お龍は出刃包丁を持つて、騙されて遊郭に行きそうになった妹2人を救出した妹のひとりが君江です。 土佐人であり神戸海軍操練所で学び亀山社中を龍馬と作った菅野であるから海援隊の主力の人材となります。

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お龍と君江像

 西南戦争での弾薬庫襲撃事件で、彼は弾薬を水没させて使用できなくする処置をしていますので、その責を負うことはないと思いますが、政府には不興をかったようです。

 龍馬が持っていた北海道開発の夢をついて福島の原野の開拓をする。 52歳で往生を遂げた。


  年表
1842 天保13 10/21  土佐藩の庄屋・千屋民五郎の3男として誕生
             土佐勤皇党に入る
1862 文久2 山内容堂を警護で上京
1864     龍馬とともに神戸操練所に参加
1865     龍馬や陸奥峰光と共に亀山社中に結成参加
1866     四境戦争で龍馬と共に社中の船ユニオン号艦長として参戦
1868 慶応4 お龍の妹・起美と結婚、 戊辰戦争で奥州に参戦
1869 明治2 いろは丸賠償分配金を持ち、海援隊士の白峰駿馬と共に米国ラドガ−ス大学に留学
1877 明治7 帰国して海軍省に入る
       西南戦争直前に鹿児島の造船所次長に赴任して、弾薬強奪事件を処理する
1884 明治17 海軍省辞職、 福島県郡山氏安積原野開拓に従事
1893 明治26 52歳で死去 


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 菅野覚兵衛夫妻

2019-3-8





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2019年02月28日

東京一極集中


   首都機能移転の論争があった時期があり、マスコミであそこだ・ここだと取り上げられて話題に上った。しかしいつの間に立ち消えになり、今ではどうして取りやめになったかの理由さえ定かではない。

 昨年から私立大学の定員が厳格化され、その理由が集中を避けるためだという。 サシミのツマのような政策で大した効果は期待できません。 地方では限界集落が問題とされ、人口減少で地方都市のひとつが毎年消滅していると聞かされている。

 集中になるのはもちろん理由のあることである。効率がよくなり生産性を上げてグロ−バルな競争に勝ち抜くためでしょう。しかし、政府機能と教育・研究所などは新しい首都をそこへ築き、それらを移転しても良いのではと思います。


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 リニアの中央新幹線が品川−名古屋に建設中です。その中央あたりの駅に、おそらく長野か山梨へ首都機能と東京にある国立大学・研究機関を移転してはどうでしょうか。東京・名古屋へ20分で行くことが出来ることになり移転に対する懸念は和らげることになります。富士山の噴火や大規模災害の被害を避ける配慮をしての選考になります。

 都心にできた跡地は民間に売却して移転予算を補い、民間の発想で新たな開発が行われるでしょう。

 地方創生どころか金持ち優遇税制に変質した「ふるさと納税」は返戻金なしの志の応援納税に変更しましょうね。


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  あと10年ぐらいで完成するという中央新幹線



    2019-2-28




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2019年02月26日

速魚のハインリッヒ・シュッツ全集


 ユーチュ−ブで聞くハインリッヒ・シュッツ全集が出来上がりました。

上記をクリックしてください




 

                  shuttu.png
                                 1585-1672


シュッツは華やかなヴェネツイアのガブリエルやモンテヴェルデに学んだ。 そのことを、厳正で静粛な印象を受け取るシュッツの音楽では 想像できない。 今回はユ−チュ−ブで聞ける多くの曲をまとめて聞いてみたのだが、モンテベルデイの曲といわれても間違いのない曲も聞くことになりました。後の小編成と云われるバッハの曲のカンタ−タなどの演奏をくらべても、楽器の編成は小さいものです。それゆえにいっそう研ぎ澄まされた曲になっているように思えます。 あの悲惨な30年戦争のさなかにあったので、楽長をしていても楽員を確保するのは難しい時期であった。大きな編成を望むことはかなわなかったでしょう。

 楽器や合唱の編成も小さくて済むせいでしょうか、ユチュ−ブに挙げている人も様々で多用である、バッハのカンタ−タでは2-3の演奏者しかありません。シュッツのユ−チュ−ブ視聴者は一桁二桁ものが多く、いまだ世間にはよく知られていないのでしょう。




   年表

1585  ドイツのチュ−リンゲン州の宿屋を経営する親から長男として誕生
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              両親の旅館

1599  14歳でカッセル教会の歌手となる
1607  マ−ルブルグで法律を学ぶ。、オルガン演奏と作曲の勉強を始める。
1609  ヴェネツイアに行き、ジョヴェンニ・ガブリエルの弟子となる。
1611  マドリガル集SWV1-19を完成。
1613  ドイツ帰国。 カッセルの第2オルガニストになる。
1615  ドレスデン宮廷楽団の指揮者となる
1617  宮廷礼拝堂つき作曲家となる
1618  30年戦争起こる、ドイツの人口1/3が失われる
1619  ダビデ詩篇集お刊行シテザクセン方泊に献呈、マグダレ−ナ・ウイル
デック と結婚
1621  楽長になる

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           歌手や器楽奏者に囲まれたシュッツ

1628  ヴェネツイア再訪、モンテヴェルデイに師事。
1633-35  デンマ−クに招かれる
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            1633頃

1641  デンマ−ク再訪

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             86歳

1687  ドレスデンで死去 87歳

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    埋葬されたドレスデン旧聖母マリア教会


   ハインリッヒ・シュッツ全集へ


    2019-2-26






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2019年02月22日

歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」  マスカ−ニ


   マスカ−ニ  歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」
      Mascagni, Cavalleria Rusticana

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 カヴァレリア・ルステイカ−ナ レコ−ド

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ピエトロ・マスカ−ニ 1863-1945


 音楽の曲と昔の思い出なり記憶と結びついたものを、誰しも持っていると思います。マスカ−ニが作曲した歌劇「カヴァレリア・ルステイカ−ナ」の間奏曲が小生のそのひとつです。 シュッツの全集をユ−チュ−ブでまとめる作業をしている時に、オススメのリストから見つけて久しぶりにこの曲を聞きました。 当時が思い出されて感傷に浸ることができました。これは他の人とは共有できるものではなく、他所から見たらおかしなものかもしれません。

 オペラはセリフや筋が分からないと楽しめなくて、テレビで見ると良いのだけれど、音が悪いのが欠点です。ユーチュ−ブなら楽しめるかもしれません。 演奏会も高額なものが多くまだ実際の演奏を見たことはありません。パリのオペラ座のチケット購入所まで行ったことがありますが、言葉の問題でひるんで見ることはありませんでした。今思えば貴重なチャンスを逃したものです。


 間奏曲 演奏 吉田裕史指揮 ボロ−ニア歌劇場フィルハ−モニ-
 https://www.youtube.com/watch?v=1V9kMKS9E2o  3分

 INTERMEZZO-Georges Prêtre-Chorégies d'Orange 2009
 https://www.youtube.com/watch?v=ykUCfqvnI9I 5分

 間奏曲 Dudamel & GSO
 https://www.youtube.com/watch?v=eBGAxnp7xZw 5分


 Regina Coeli Ainhoa Arteta, soprano Fernando L. Briones, director
Coro y Orquesta Gaos
 https://www.youtube.com/watch?v=8ZvxUHuID8s 8分

 アヴェ マリア Elīna Garanča, Mezzosopran
 https://www.youtube.com/watch?v=RKFkjbLoaDI  4 分
 


 カヴァレリア・ルスティカーナ全曲  セラフィン指揮
 https://www.youtube.com/watch?v=JyHg_2wL2hg  77分

 ママも知るとおり  マリア・カラス
 https://www.youtube.com/watch?v=01jJ5y_jYrg  6分

 
    2019-2-22




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2019年02月20日

三島通庸・彌太郎・弥彦


 大河ドラマの「西郷どん」や放映中の「韋駄天」ではブログにアップするために個人的に調べてみようとする人物が少ないように思っている。

 ここで「精忠組」を取り上げています。その後の彼らのたどった人生には興味があります。資料の見つからない人も多い。 三島通庸は「韋駄天」で登場している三島弥彦の父親です。弥彦は3歳で父親を亡くしている。 

 三島通庸は薩摩藩の50石取りで精忠組に属し、寺田屋事件では謹慎の処置を受けた。
幕末にどのような活躍をしたかはわからない。鳥羽伏見の戦いでは小荷駄隊を率いた。賞典禄にも名前がないので維新には大きな活躍が見えません。明治になり県令になり最後は警視総監になる。薩摩閥の内務官僚であった。

 実際はどうであったか分かりませんが、大河では三島家は多くの雇い人に囲まれた富豪の家として描かれている。弥彦と金栗四三との対比で強調されているのかもしれません。

 県令あがりの家で、あんなに豪勢な暮らしができるとは思えません。明治21年に通庸が死亡しているので、長男の彌太郎がそれからさらに大きく育てたのでしょう。

 ドラマを見ていてその生活ぶりに興味を持ち調べてみました。



 三島通庸・みしまみちつね
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1835-1888


三島彌太郎
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1867-1919


三島弥彦
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1886-1954


三島通庸・彌太郎・弥彦の年表

1835    三島通庸は薩摩藩士(50石)三島通純の長男として誕生
1862    寺田屋事件で謹慎
1867    彌太郎は長男として誕生、母和歌子
1868    鳥羽伏見の戦いで小荷駄隊を率いる
1871 明治5 東京府参事 銀座レンガ街建設に関与
1874 明治7 酒田県令 ワッハ騒動を終息させる
1876 明治9 山形県令 土木県令といわれる この後東北のインフラ整備を行う
1882 明治15 福島県令 福島事件で河野広中を逮捕
1884 明治17 栃木県令 加波山事件
1885 明治18 警視総監として武術を振興
        彌太郎マサチュ−セッツ農科大学入学、
1886 明治19 弥彦は誕生
1887 明治20 警視総監として保安条例を推進施行、子爵
1888 明治21 通庸死去
1897 明治30 彌太郎は貴族院議員になる
1911 明治44 彌太郎は横浜正金銀行頭取に就任
        弥彦は金栗四三と共に羽田運動場のオリンピック選考予選に参加
1912 明治45 弥彦はストックホルムオリンピックに参加
1913 大正2  彌太郎は日本銀行総裁就任
        弥彦は帝大卒業、横浜正金銀行入社
1919 大正8  彌太郎死去
1954 昭和29 弥彦死去

プレバト俳句の「夏井いつき」さんではありませんが、 三島通庸氏は「維新の英傑」のなかにははいりません。 キッパリ。


     2019-2-20

精忠組
 http://hayame.net/custom8.html#spb-bookmark-427

  維新英傑まとめ
 

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2019年02月15日

米朝交渉・INF条約破棄・イ−ジス・アショア



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イージス・アショア・サイト

 今月末に米国・北朝鮮交渉がハノイで大なわれます。 どのような展開になるのかは知る由もありません。

 もし、大陸弾道弾の廃棄のみで交渉が妥結したら悲劇です。米国の安全は守られて、日本は、今までの中国から照準を合わされている上に北朝鮮からの脅威も続くことになります。

 兵頭二十八によると、中国と米国には大陸間弾道ミサイル密約があるといいます。

  http://hayame.net/custom6.html#spb-bookmark-321

 朝鮮の核弾頭が残ったままで、現状以上のものを止めるだけの妥結に終わったら大変なことになります。 トランプゆえに心配です。

 2月1日、アメリカはロシアと結んでいるINF条約(中距離核戦力全廃条約)を破棄すると正式通告しました。また2月2日にロシア側も離脱を表明、これで半年後に条約は正式に消え去ることになります。これからは米露による中距離弾道ミサイルの開発競争が続くことになる。



  米、ロシアに条約破棄通告へ  共同通信より

   https://this.kiji.is/458444821163705441


 日本はイ−ジス・アショアの配備が決まりました。もしも攻撃のある場合には、同時多発のものになるのは必然ですので、アショアで防げるのは極めて限定的なものになると思われます。 最大限の効果があった時ても、打ち損じた4−5個の原爆着弾があれば日本滅亡でしょう。 現状ではイージス・アショアは効果的な抑止力になるとは思われません。

 現状で最大の抑止力になると思われるのは、100−200発くらいの中距離ミサイルを日本が持つことでしょう。 当面はアメリカから購入すればよい、短期の自主開発を宣言するべきでしょう。費用対効果が最も高くて抑止力がある手段だと思われます。その際に、あわてないためのイメ−ジトレ−ニングをしておきましょう。 



      2019-2-15
 

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2019年02月11日

ベイシックインカム具体案


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クリス・ヒュ−ズ・CHRIS・HUGES (フェースブック共同創業者)

 クリス・ヒュ−ズはフェ−スブックの立ち上げに関わり5000億円にも及ぶ金額を手にした人です。ザ−カ−バ−グは彼の映画で知ることになりましたが、彼は寮のル−ムメイトでその映画には余り登場していないようです。また、オバマ大統領の選挙でオンライン戦略の担当者でオバマ登場に関わった人でもあります。

 クリスは3年間の労働で500億円を手にして1%の超富裕層になった。 ほとんどのアメリカ人が、自動車事故や入院などの、たった400ドルの緊急出費が捻出できないという。社会はどこか間違っていて解決されなくてはならないと彼は言う。
 彼はそれには保障所得(ギャランテイ−ド・インカム)という制度が必要だ。年収5万ドル未満の世帯の成人労働者に、月500ドルの最低所得を保障すれば、9000万人の人を生活改善し、2000万人を一夜にして貧困から救うことができる。非正規労働者や幼い子供を持つ親,親を介護する人、学生などにも給付される。そして、それを負担するのは幸運な「1%の人たち」でなくてはならない。試算によれば上位1%の富裕層に「勤勉なアメリカのア人の所得と同じ税率」まで増税するだけで、財源はすべて賄える。

 美人女優とつき合って1億円をバラまいた人、また、多くの人に損をさせたが、それを忘れたようにマスコミに登場している日本のIT長者がいます。そのひとりの彼の経営している会社は、7−8割は非正規従業員だという。1億円のバラマキ先が違うだろうと云いたくもなります。
 ベイシックインカムは絵空事のような状態から下記の記事を読んで具体的になってきたように感じています。日本ではアメリカのように病院から追い出されて、その玄関先で死ぬようなことの無い福祉制度があります。 従い、アメリカとは違って、年金・失業保険・生活保護らの受給者は除いて、まじめに8時間働いている労働者を基準として、正規・非正規に関わらず400万の年収以下の労働者に5万円支給する。その時間以下のパ−ト従業員には働いた時間の按分を支給することにしてはどうでしょう。
 国会議員の政策秘書の方、試算をよろしくお願いいたいます。

 相続所得、譲渡所得、株式配当所得、農業所得など区別しています。これらの所得を1本化して課税する。保険税の所得限度を設けずに所得により同率の課税をする。ふるさと納税などの高所得者優遇税制の廃止などが必要でしょう。

 余談ながら、彼は同性婚を実行しています。イケメン好きの女性には残念なことになりますね。

 プレジデントオンライン 「IT長者の儲けすぎは社会の活力を奪う」     https://president.jp/articles/-/27609 

    2019-2-11

追補


  あんたに云われてもなあ......

  ベイシックインカム必要に  竹中平蔵



    2019-2-13






  


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2019年02月09日

ハインリッヒ・シュッツ全集 


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 ハインリッヒ・シュッツ全集に取り組みました。  ここ速魚には
1. バッハ全集
2. ヘンリ−パ−セル全集
3. ジョン・ダウランド全集
 がありますが。新たにシュッツが加わります。

 好きなだけで音痴で語学のできない小生には荷が重いのかもしれません。 それでも時間をかければ、それなりのものは出来上がります。 作成中にそれを聞きながらできますので、苦にならずにやれるのが幸いです。 お役にたてればよいのですが。

  速魚の  ハインリッヒ・シュッツ全集 (1)

    2019-2-9  作成開始



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2019年02月07日

映画 フィラデルフィア


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 エイズを「死に至る病」と誤解している人が過半数に上がることは、昨年3月に発表された内閣府の世論調査で明らかになった。エイズは正しくは「HIV感染症」という。免疫力が低下して病気を発症した「状況」をエイズというのだそうです。現在は治療薬が進歩して早期発見すれば発祥を抑えて、普通の生活を続けることができるようになっている。

 30年ほど前の報道で記憶に残っているのは、宇宙服のようなものを着て患者に接している報道写真です。それが、いつまでも衝撃的で頭に残っています。小生もそれゆえか、誤解していた一人です。

 TVで放映された映画「フィラデルフィア」を見ました。1994年公開のトム・ハンクスとデンゼル・ワシントンが出演しています。トム・ハンクスはこの映画のために、恐らく20kg程度減量したのでしょうか、すごい役者魂で、いかにもその病気を発症した病人のように見受けられます。 弁護士をしていたトム・ハンクスがエイズにより名門法律事務所を解雇され、そのことを法廷に訴えて勝利を遂げるスト−リ−です。

 小生は古楽好きなので、近代のオペラには詳しくありません。劇中でウンベルトジョルダーノの 1896年作曲のオペラ「アンドレア・シエニエ」・AndreaChénierの第3幕から、ソプラノ歌手マリア・カラスによるアリアが映像と伴い感動的です。

La Mamma Morta - from Philadelphia 
https://www.youtube.com/watch?v=3b0p9mTJOJI
 
マリア・カラスが歌う  La mamma morta
https://www.youtube.com/watch?v=5oZi2fovnZQ&list=RD-s7Ep5bbz64&index=3


 現在快進撃中の映画「ボヘミアン・ラプソデイ」フレデイ・マ−キュリ−がこの映画の主題歌を歌っています。同時代だったのですね。

Freddie Mercury - Streets of Philadelphia 1991
https://www.youtube.com/watch?v=BTPrDS-B7tY

映画 ボヘミアン・ラプソディ
http://hayame.net/custom20.html#spb-bookmark-521


   2019-2-7



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2019年02月04日

中国発「大不況」「金融恐慌」に備えは出来ていますか?


米朝首脳会談がベトナムで行われるようです。そこで長距離弾道弾廃棄のみ交渉で妥結してしまうのが日本にとっては怖いことです。中国・朝鮮の中距離以下のミサイルが残り脅威が維持存続したままです。

 それどころか、我々老人には最大の懸念は日本でのハイパ−インフレが起こること。資産を持たない年金暮らしの老生には、そうなればオシマイです。 今のようなゆでカエルの状態で、果たしてそれを抜けることはできるのでしょうか?
 見守っていきたい。


  発端はアップルのスマホ売り上げ急減、株の大下落からだった
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 凄まじい勢いで日本の景気が悪化している。米国も悪化の兆しがでた。
 元凶は中国だが、この中国の経済構造にビルトインされたシステムの下で成長してきたアジア諸国が軒並み不況ムードに蔽われた。日本経済も例外ではない。

 「アップル・ショック」というのは2019年1月4日、ティム・クックCEOが「中国でのスマホの売り上げが10%落ち込んだ」と発表したことを受けて、同社株価は9・22%の大下落、半年で35%強も下げた。

このためアップルばかりかスマホ関連企業が悲鳴を挙げた。とくに香港株式は10%の下落となり、日本でも部品、ICなどを供給している多くのメーカーの株価が5−8%も下がった。目立った下げが日本電産、京セラ、村田製作所などだったことは投資家ならずとも周知の事実だろう。
 鵬海精密工業は河南省鄭州の工場で五万人をレイオフし、代替工場をインドに移転して稼働すると発表したため、同社従業員が騒ぎ出した。
 
 景気後退というより、状況はもっと悪い。
中国の就職戦線。ハイテク技能を持つ理工系ですら、応募倍率が32倍という難関になり、これまで会社を移るたびに給与を増やしてきた「トラバーユ・ジャンプ組」も「向こう十年はいまの会社にしがみつく」と言う。リクルート代理店、人材スカウト会社も閑古鳥である。

 或るコンピュータ企業は2018年八月まで毎月、技能者を8人平均で雇用し、輝かしい未来を約束されたかに見えたが、十二月に突然半分の社員が解雇された。

華字紙が大きく報じた事例はベンチャーの「マインドレィ社」(本社深せん、従業員七千名、NY上場の優良企業)の新卒内定者取り消しというショックだった。

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 中央の高いビルが mindray社ビル

マインドレィ社は急成長を続けてきたため、2017年には430名の新規採用があった。18年には中国全土50の大学から成績優秀の理工系学生485名を採用した。ところが昨師走になって、このうちの254名を内定契約破棄、補償金として約束した給与の三分の一を支払うとした。
若者たちの未来は真っ暗、この先、どうなるのか?

 夥しい不況の実例が『サウスチャイナ・モーイングポスト』(1月24日)で報じられている。
ベンチャーキャピタルは2018年の年初と比較して第三・四半期には25%の激減ぶり、たとえばバイクレンタルのベンチャー・ビジネスは50都市で派手な営業を展開したが、倒産が目立ち、1400万人のユーザーが補償金を返せと訴えている。

とりわけ厳しい環境に転落したのはアリババ、バイドゥ(百度)と並ぶ御三家のテンセントに代表されるゲームソフトのベンチャーだった。
カジノ・ゲーム開発ベンチャーなど30%の落ち込みとなった。いよいよ中国経済の破綻は秒読み、備えはできていますか?

              
    「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より
  平成31年(2019年)1月25日(金曜日)

参考記事

迫る中国の経済崩壊。5,000万戸の空き家が引き起こすリーマン級ショック=吉田繁治

避けられない「世界同時不況」は2019年に起こる?引き金を引くのは中国か米国か欧州か 高島康司

 逃れられない日本の財政破綻、私たちの資産が政府に吸い上げられる日は近い


               2019-2-4











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2019年02月02日

サラ・オレイン Sara・Alain

 

 
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サラ・オレイン Sarah Àlainn



 我が3大歌姫の中に新星が現れました。 サラ・オレインです。母親が日本人で豪州で育った。 ヴァイオリニスト・歌手・コピ−ライタ−・翻訳家・作詞作曲家の肩書を持つマルテイタレントです。フランス語。ラテン語を理解し、英語、日本語、イタリア語を使いこなす。シドニ−大学に優秀な成績で学び、東大の留学生に選ばれる。ゲ−ム音楽でも知られた存在である。

 ヴァイオリンが一番才能を見せるのかと思いきや、下記のロミオとジュリエットを聞くに及んで、同じサラでも、サラ・ブライトマンには負けると思っていましたが、繊細ですばらしい歌声です。これから、どんどん大きくなっていってほしいものです。古楽・バッハ無伴奏ヴァイオリンとかアヴェ・マリアの曲が聞きたいものです。


 A Time For us ロミオとジュリエットのテ−マ  4分  いいね
 https://www.youtube.com/watch?v=Xp7iezBnPdI

 Anima Animus  2分
 https://www.youtube.com/watch?v=70ygkwPO2B8

 君をのせて   3分
 https://www.youtube.com/watch?v=HB4Wcig_ye8

 You Raise Me Up (アカペラバージョン) 4分
 https://www.youtube.com/watch?v=W7r-0w_4IKk

 Appassionato  2分
 https://www.youtube.com/watch?v=Ex8zUlsa_R0
 
 モンテイ チャルダシュ 7分
 https://www.youtube.com/watch?v=RhMgxm8Zplc

 Let it go   4分  いいね

 https://www.youtube.com/watch?v=Dc-rmVYlfDk


 西郷どん 我が故郷  城南海とデュエット  3分
 https://www.youtube.com/watch?v=Ef6ATyTqQ9E&list=RDeQAlJosljXg&index=14

  2019-2-2





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2019年01月31日

初期徳川幕府の通商条約


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 平戸 英国商館跡

三浦按針・ウイリアム・アダムスの東インド商会宛の手紙に刺激されて、ジェ−ムス1世の親書を携えて、1613年 5/11 英船クロ−ブ号が平戸到着した。平戸藩主・松浦鎮信が一行を歓迎する。8月になるとアダムスがジョン・セーリス以下の11名の一行を江戸に案内することになった。アダムスの見事な交渉のおかげで、イギリス・東インド会社総督ト−マス卿に対して、ポルトガルもオランダもうらやましく思うような通商特権を幕府と結ぶ。

1. 日本の全ての港での交易を許可する
2. 他国で行われるやり方で商売をし、滞在も出港も自由である
3. イギリス商品は無関税である
4. どこでも商館をたてることができ、それを自由に売却もできる
5. 日本で死亡した英国人の財産は船長あるいは商館員によって管理される
6. 英国人の犯罪は日本の法が適用されない。 
これらは1847年の英国議会中国関連貿易委員会報告にあるとのことである。幕末に結ばれた航海通商条約は維新後に不平等条約として、明治の外交の最大の懸案事項となり、その解消に多大の努力と時間を費やした。家康と結んだ英国との通商特権はその後余り知られていない。

1615年 8/31 商館設置以来初めてホゼアンダ−号を迎える。

 家康の死去に伴い1616年に日本に到着した船はすべて平戸に廻航するように変更になった。交易も平戸に限定された。 江戸・駿府・京都・大阪・長崎に派遣して商取引を行っていたが、1618年に平戸・長崎に制限された。 1623年英国は撤退を決めた。 商品の選択がいい加減で利益をだせないでいたのもその理由のひとつである。
 

    2019-1-31


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2019年01月29日

バッハカンタ−タ, 樋口隆一と樋口季一郎将軍


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 最近は首相とプ−チンとの会談も繁く行われています。「北方領土」とは呼ぶなとか、「戦争で得た領土は返す事は無い」など厳しい報道を聞きます。 首相が会談で何を話しているのか、どこまで勝算があって交渉に臨んでいるのかは知る由もありません。足元を見られていない交渉であればよいのですが。
 ドイツはプロシアの地、ロシアがカリ−ニングラ−ドと呼ぶ「飛び地」を返還するような交渉はしておりません。戦争の結果として受け入れているのでしょう。 樋口将軍の奮闘がなかったら、今頃は北海道の返還交渉に難渋しているのかもしれません。

 樋口隆一さんの祖父は樋口季一郎中将で、1945年8月に侵攻してきたソ連軍に抗戦した軍人として知られる。樋口さんは、「(侵攻は)明らかに国際法違反。日露戦争の復讐(ふくしゅう)戦だった」と指摘。その彼はカンタ−タや受難曲のバッハ研究家です。浅学なバッハ愛好家の小生は今日まで、このブログで祖父の季一郎将軍のことを取り上げているのにお孫さんの関係は知りませんでした。明治学院大学の名誉教授で現在でもサントリ−ホ−ルで演奏会を企画されているようです。マタイ受難曲のCDも発売されています。


 樋口隆一 バッハを語る  9分
 https://www.youtube.com/watch?v=BTSdeI5g0XU

 ソ連による北海道分断を救った人々
 http://hayame2.sakura.ne.jp/details1016.html#北海道分断

 ドイツ敗戦処理と北方4島
 http://hayame2.sakura.ne.jp/details1016.html#独敗戦処理

 速魚のバッハ全集
 http://www.hayame.sakura.ne.jp/99_blank022.html
 

2019-1-29

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