2019年08月11日

新しい信長


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   KKベストセラーズ刊


 織田信長ほど研究者と一般人との乖離が見られるものはないと倉山満さんがいう。 ここでも小生は信長が、宗教との束縛を解消してくれた。そのことは日本人に対して 世界史的な意義 があると思っています。この本を読んでみると信長は神社の神主に宗教的行為を信長が教えたという。比叡山の焼き討ちや長島の一向一揆の虐殺など厳しい処置を信長は下しています。単なる宗教活動にとどまっていれば弾圧することは無かった。宗教を隠れ蓑にして大名のような権力を振るいながら、都合が悪くなると宗教を理由に命乞いをする。それが信長には許せなかった。

 かって、大阪城を訪れた時にその展示品のなかに、秀吉の妻へあてた信長の手紙がありました。秀吉の浮気を「おね」になだめる内容であったような。 それは今なら、中小企業の社長さんが親密な部下の妻あての手紙のようで、信頼関係の厚さがうかがえてほほえましいものです。 最近でも、そうそうあるものではない。

 安土城のころ、信長の留守のときに遊びに行っていた女性使用人を打ち首にしたエピソ−ドは厳しい信長像としてよく描かれます。そのような仕打ちは数的には多いことではないという。 信長は調子こいた時は最後の3年だといい。 その時期を敷衍して信長像を現代に描かれたのではないか。  信玄と謙信が信長を破滅に追い詰める寸前に幸運にも両人は亡くなった。それまでは信長は土下座しようが、室町将軍、天皇の権威を利用しまくった人であったという。

 大阪の本願寺との戦いで佐久間信盛を解任するときに、信長自身が書いた折檻状は有名です。今では首切られるときは「ファイア−」の一言でおしまいでしょう。 先代の重臣すら首切りにしたという苛烈さで佐久間信盛の件は使われるが、19か状の信長自筆の文言で解雇理由を告げることはその内容を読むと恐怖の暴君ではないと思います。部下に対してノルマのゆるい信長であったといいます。本当にキツイ上司のように思われていますね。

 信長は凡人を超越した天才や超人として描かれてきた。過大評価されすぎである。その魅力は、徹底した努力の人である。先頭になって寝ずに働く正義感の強い武将である。おまけに尾張の人間は戦闘に弱い。傲慢な人物どころか、むしろ相当な常識人である。戦国の権威主義社会模範生である。戦国時代に信長より能力が高かった人物など何人もいた。毛利元康の謀略、武田信玄の外交力、上杉謙信の軍事力、北条氏康にもかなわなかったでしょう。

  興味のある方は上記の倉田満さんの本を読まれると良いでしょう。


                2019-8-11

  船中発策 郷土史・歴史





posted by 速魚 at 09:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記