2020年04月23日

皆川達夫さんがお亡くなりになりました。


  
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 1927-2020

 自分の年を考えると不思議ではないのだけれど、皆川達夫さんが亡くなられました。 NHKのFM音楽番組{バロック音楽の楽しみ」を熱心に聞いていた20代の時に、皆川さんは40代であったと、今分かりました。
 まだ、青年であった僕には、彼の声の落ち着きから老成を感じて、あのようになれたならという、小生には皆川さんが大きな目標でありました。

 彼や服部幸三さんから得た古楽は、その後の私の人生に大きな喜びを与えてくれました。若いころには船員であり内航船といえども、FMをラジオに受信するには大変でした。鉄で囲まれた船内ではAM放送でも困難です、それでFMアンテナを購入して船のマストに設置して自分の部屋にコ−ドを引っ張りなんとしても聞きたいと努力したものです。懐かしい思い出です。 想いをためていた件ですが、晩年になり、 一昨年には、その放送で知った、念願のオラショの地・生口島へ40年余ぶりにヨットで訪ねることができました。

 小生は20年に渡る放送で、個人的な力量不足で小さなものしか得られていませんでしよう。 たが、私の人生では大きな糧を得て大いに楽しみ喜びを得ることができました。 皆川さん本当にありがとうございました。


西洋音楽史学者の皆川達夫さん死去 92歳 NHKラジオ「音楽の泉」司会31年以上」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200422-00000156-spnannex-ent

 中世・ルネサンス音楽の研究で知られる西洋音楽史学者の皆川達夫(みながわ・たつお)さんが今月19日午後10時42分、老衰のため横浜市内の病院で死去した。92歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で執り行う。今年3月までNHKラジオ第1「音楽の泉」(日曜前8・05)の司会を31年以上にわたって務めた。番組公式サイトも訃報を伝えている。

 NHK―FM「バロック音楽のたのしみ」(1965〜85年度)「音楽の泉」(88〜2020年)と長年にわたって西洋古楽、クラシック音楽の普及に貢献。「音楽の泉」の番組公式サイトは「今年3月まで31年以上にわたり、この番組の司会を務められました皆川達夫さんが、4月19日に逝去されました。謹んで哀悼の意を表します」としのんだ。

 インターネット上にも「『音楽の泉』を勇退されたばかりでの訃報。ご冥福をお祈りいたします」「驚きました。3月29日『音楽の泉』で最後のお声をお聞きしたばかりですのに」「本当に体力の続くギリギリまで、音楽の素晴らしさを伝えてくださいました。『みなさま、ごきげんよう』がもう聞けない」などと悲しみの声が相次いだ。

 立教大名誉教授。長崎県平戸市・生月島で隠れキリシタンによって口伝えで受け継がれてきた祈りの歌「オラショ」の研究に携わり、ラテン語の聖歌との関わりを明らかにした。著書に「バロック音楽」「洋楽渡来考」などがある。 スポニチアネックスより転載

番組のテ−マ音楽 ヴィヴァルデイの忠実な羊飼いより 皆川さんの声が聴かれます。
https://www.youtube.com/watch?v=BjOxicZG_Hw  5分の前半

    2020-4-23

  服部幸三さんを偲ぶ
  http://www.hayame2.sakura.ne.jp/details1035.html#追悼 服部幸三

  オラショ
  http://www.hayame2.sakura.ne.jp/details1035.html#オラショ

  生口島を訪ねる
  http://hayame.net/custom11.html#spb-bookmark-474




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2020年04月22日

アトキンソン まとめ


  もう忘れ去られたオランダ人のウオルフレン。しかし「説明責任」という言葉を残した。 グロ−バリズムで活躍した「大前研一」、もう生彩がない。 日本にその時代を先導したアナリストは多い。 今は個人的には「デ−ビット・アトキンス」が訴え掛ける。 京都の歴史ある企業の社長になった異色の青い目の外人であったが,それだけではなく活躍していると小生には思える。  ここに「まとめ」てみました。


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  デ−ビット・アトキンソン まとめ
  http://www.hayame.sakura.ne.jp/99_blank052.html

        2020-4-22


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2020年04月11日

速魚の「ヘンデル全集」  作成開始


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 「武漢かぜ」が蔓延中。自粛のこの頃です。 バッハを聞きたいところである。それは広大な神を感じながら、ひたすら自省の中に引き込まれてしまう。バブルの浮かれた時代にこそバッハを聞くべき。 
 一方、ヘンデルは世の中が落ち込んでいる今こそ、華やかな祝典の大衆的な曲を聞くべき。
 速魚のヘンデル全集を作成開始しました。

  http://hayame.net/custom40.html

  2020-4-11


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2020年04月07日

ヨットクル−ジングの健康寿命



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 速魚 U


 今日四月七日にも緊急事態宣言が発令されます。 小生は現在どうしようかと迷っています。 それは年に一度のクル−ジング最適時期をまもなく迎えるからです。 五−六月は夏の灼熱と台風を避ける絶好の時期です。 おまけにヨットに乗れる年齢に、もう見えてきた上限があります。 クル−ジングしている人々は、老人クラブのような現況ですが、八〇歳を超えた人は見あたりません、そこらまでが限界でしょう。 七〇歳位が健康寿命であると云い、あとはオマケなのだそうです。 七二歳の小生にはそろそろヤバイかも。
今月半ばから上架を予定しています。まずは船底塗りだけでもやっておこうと考えております。

 「三密を避ける」ことが武漢肺炎を感染しないために、それが肝要だそうです。 シングルハンドのヨットは密接・密集・密閉とは関係ないように思えます。 例え小生が感染すれば基礎疾患が豊富な老生ゆえに、すぐに発症して重症化するのは間違いのないところ。 小生はそれゆえに、若い世代と違って発症に気が付かずに他人を感染させてしまうことは少ないでしょう。日本は初動が遅れ、対応を誤ったので、見えない感染が広まっています。 自身が感染をしないことは大事ですが、ロシアンルーレットみたいなもので、避けるのは注意していても無理でしょう。 人に移さないことが大事なことと言えます。

 国民には自粛を呼び掛けておきながら、政府は百人・千人を集めて研修や試験を企画して、一部は中止に追い込まれたようですが知らぬところではやっている模様。今回の宣言ではそれらは無くなると思います。 
 武田先生はグラフを示しながら発症者数ではなく患者数のもので、先の予測は科学ではなく、これまでの事実を認識することは科学の行為であると云う。 それによると、欧米中と比べて日本は規制をする状況では無いと云っています。万単位の欧米と百人単位の日本とでは違いがあると、グラフの斜線の傾きも大きな違いがある。なぜかこの様な見解は知られていない。 いろんな賢智を知っておくことは大事である。

そうは言っても、限られた人生で都合よくヨットをやる理由探しをしている「自分」なのかかもしれません。


    2020-4-7


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桶狭間の戦いの3人



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 『尾州桶狭間合戦』(歌川豊宣画)

 明智光秀がNHKの大河ドラマに取り上げられています。彼の前半生は不明のことが多いけれど、信長に仕えてからの出世は目を見張るばかりで、10年余で城持ち大名になった。

 桶狭間の戦いでは服部子平太が今川義元の一番槍で、仕留めたのが毛利新介である。
信長は武働きより情報や作戦に寄与した梁田政綱を勲一等として彼に沓掛を拝領させている。 その後に、この3人の活躍は不明で彼らは出世して織田家の有力家臣になっていない。

服部子平太は同姓であり出身地も同郷であることから、興味を持ち調べてみました。ちなみに小生には同姓の有名な忍者がいるけれど、そのどちらも縁もゆかりもありません。 この桶狭間の戦いでは尾張の海部郡に同姓の一族がいる。これが今川と通じていたようであり、この一族の中の一員で、小生は百姓の出自である可能性が高い。由緒ある家計とは縁もゆかりも無いようである。残念。

信長は家臣にはこの作戦の本心を漏らさずに、漏れを恐れたというべきか、少数の家臣を伴い出陣している。 今川が本隊と攻撃舞台に分かれたところに、その本隊・本陣へ攻撃を集中し義元を討ち取っている。 当時は今川70万石で織田は50万石である、織田は水運を押さえて商業的に多くの利益を得ていた。従い云われているほど織田の兵力が少なかったわけではなさそうです。 少数での奇襲と信長軍は云われているが、分断した今川軍の本隊との戦いでは正攻法でも望めたのではないかと思う。中島砦の軍議では簗田政綱は他の家臣とは違い作戦決行を強硬に主張し義元本陣の位置を通報したという。



服部一忠・子平太
 信長の馬廻として仕え、桶狭間の戦いで義元の一番槍。信長死後は秀吉の黄母衣衆になる。小田原の戦功で松坂城を得る。伊勢国一志郡3万5千石。羽柴秀次に付けられ、文禄の役に参戦。秀次連座で所領没収され切腹を命じられる。次男は紀州徳川家に仕える。


毛利良勝・新介
 信長の馬廻として使える。桶狭間の戦いで義元を討ち取る。信長上洛後は大河内城攻めに参加、近習として甲州攻めに随行、本能寺の変で嫡男信忠と伴に二条城で討ち死にした。

簗田政綱・広正
 生没不詳、久之坪城主(春日井郡)、敵本陣の急襲と義元の首を挙げることを進言。桶狭間の戦功で3000貫の知行沓掛城を与えられる。その子広政は浅井攻めでは殿軍をつとめ、九州の名族である戸次の姓を賜わる。加賀の国の旗頭になり大聖寺城を与えられる。加賀の一向一揆討伐に失敗した。後に江戸幕府旗本1200石を領した。


   020-4-7




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2020年04月01日

2020-4-1 案





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    2020-3-31現在 感染者数


  武漢肺炎の真っただ中、頭がクリア−でないのか、突拍子もない4.1案・発想が小生には浮かばない。

  友人が「日本人が欧米人ほど発症しない」のは、妄想であるが日本人は「ネアンデ−ル人の遺伝子が濃い」ゆえではないかと述べています、そうかも。

 これから発症が急上昇して増えていくのは誰にも分からないという実情でしょう。 今は前例のない事態ですが、危機管理に責任のある方々は大変です。彼らに果断な決断と良い結果を期待します。
 福島の50人の映画を見ました、彼らの奮闘・努力なしには原発は収まらなかったのは事実です。 しかし福島原発には、2つの奇跡が起こったと云わますが、それはその映画ではよく分かりませんでした。

 ここで、危機管理者は、自己自身のパフォ−マンスを捨て、前例のない判断をされて、奇跡を呼び込む結果を出してください。良きリ−ダ−であれ。

 
「100万円の現金を渡せ」など、一方では途方もないことがテレビで話されたと云います。 ベイシックインカムが絵空事ように思えていたのに、実現するかのようなこの頃の事態です。


 ここでは今まで述べてきたことに今回は留めます。


  2020-2-25  穏やかな景気回復

  2020-3-20  新しいジャポニズム

  今までの4.1案まとめ

   http://www.hayame.sakura.ne.jp/99_blank025.html



     2020-4-1


posted by 速魚 at 03:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記