2015年04月16日

F2B戦闘爆撃機の復帰



f2b.jpg


 航空自衛隊の東松島基地で4年前の震災で18機が浸水した。そのうちの1機が修理を終えたと産経ニュースに報道がありました。
 F2Bの半数が被災しました。製造ラインは今はないとのことで、新造するより高く修理復旧費用がかかったとのことです。
 老生は中古艇を取り扱う業をしています。ボートでも水没したものは中古のマーケットでは嫌われていて、例え格安でもオススメしません、海水に浸かったことから電気系統に不安が残ります。
 また、元船乗りでもありましたので、先輩たちが、この伝統を良しと決してしませんが、戦後の商船船長であったにもかかわらず、船の沈没・事故に伴って助かる命を投げった事実を知っています。
 報道機関が公務員における責務・責任の自覚をもとめる配慮がないのでしょう。事故当事者の航空司令官のその後の処遇記事にはお目にかかりません。山ほど航空機を救えなかった理由はあるでしょう。自ら辞表を出されていた事実がすでにあるかもしれませんが、ちゃんと、ましてわが軍のことですので結果責任をとってほしいものです。自衛隊も内部で処理しないで公表してほしい。1000億円を越える損害をだしました。4年も軍備に空白が生じました。諸島防衛には欠くことのできない装備です。


    2015-4-16


    追補         

ライター・渡邉陽子のコラム (52)よりこの関連部分を転載させていただきます。


、津波に襲われた松島基地についても触れさせてください。当時、松島基地には飛べる状態の航空機18機と故障や整備中の10機がありました。震災当日の午後は天候不順のため午後の訓練が中止、地震が発生したときはすべての航空機が基地にある状態でした。
1446に地震が発生、1510には松島基地周辺に大津波が到達するとの警報を入手した基地司令は、地震発生から約10分後に全隊員へ屋上への退避を指示したといいます。結果的に津波の到達は地震発生から約1時間後だったため、「隊員の退避が早すぎた
から航空機を空中退避させられなかった」という非難の声が一部に挙がりました。
 自衛隊はこういうときにあまり弁明しないので歯がゆいのですが、ハンガーに格納されている航空機や故障中・整備中の航空機を1時間以内に飛ばすのは物理的に不可能です。 格納作業中だった航空機でも、改めて飛行前点検を行ない、かつ、これほどの揺れの後ですから滑走路や誘導路の目視による安全確認が必要です。さらに第1回にも書きましたが、航空機の飛行にはかならず飛行計画書の提出が必要です。
 これらすべてを行なうには最短で約40分かかるそうです。しかも当日は訓練が中止になったほどの天候不良でした。
 「スクランブルは5分で上がってるじゃないか」という声もありました。スクランブル待機している航空機はあらかじめすべての点検や準備が整っており、航空機もパイロットも「いつでも飛べます」という状態で待機しているからこそ5分で上がれるのです。あまりに非現実的なコメントです。
 つまり、1510頃に大津波が押し寄せるという情報を入手した時点で、航空機の空中待機という選択はありえませんでした。津波が予想より遅れてくるかもという希望的観測で、千数百人の隊員の命を危険にさらすわけにはいきません。
 目の前で津波に流されていくF-2を見ていた隊員たちは、北風の吹き付ける屋上でなにを思っていたのでしょう。ノータムの代替発行を電話で頼んできた隊員は、どんな思いで避難したのでしょう。
 松島基地をベースとしているブルーインパルスが、九州新幹線開通イベントで展示飛行するため松島基地にいなかったことが、唯一明るいニュースでした。

       2015-7-14








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posted by 速魚 at 06:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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