2015年07月02日

映画 フューリーによせて その2    大幡

  フューリー、ステイーブン・ハンター 極大射程


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   フューリとは極小人数で大敵をたおす話である。Sハンター著「極大射程」の主人公スワガーはスナイパーで極大射程の極め付きの射手であり、銃の取り扱いについてこれまた究極の腕を持ち、留守をするときに愛する銃に特別の手を加えるのを常としている。
 この事によりスワガーが或る暗殺事件の被疑者として追い詰められた時に、有力な反証となる、というのが大筋である。が、この話の曲折に散りばめられ巧妙精緻な道具立て、これほどおもしろいミステリーはないと思う。

 読んでから数年、映画になり即刻見た。チットモ面白くない。あの場面はどうしたの、こんな筈はない、カットカットの連続、あそこの脱出はどうする。どんな映像になるの、期待外れの山積みである。よく考えてみると、原作を忠実に再現するには、制約のない文字の表現力、タッタ数行の文章や数個の語句が読者に無限の拡がりを与える。文字に較べ映像には100倍の情報があると一般に云われるが、反って、文字を映像に変換するには100倍以上のエネルギーが要るのであろう。カット話の整理必然のことである。読者の勝手なイメージにつきあっていられない。

 フューリーの場合だって、原作にどこまで忠実であろうとしたか、読んでない立場では何とも言えない。トーチカ状態に擱座するまでがテーマであれば、終局の大団円少々手を抜いても許されるであろう。

 極大射程も、1本の映画に盛り込むには本来無理な原作であろう。原作を知らなければ、これで結構楽しい絵に違いない。気楽にその場限りを楽しめばよかったのだ。
 こんなタドタドしい論議をしたいのではない、辛抱して次につきあっていただきたい。
 これからの話はスワガの生涯をさかのぼり、ヴェトナム戦にスナイパーとして従軍した「狩りのとき」の話である。

 本来スナイパーははるか彼方の目標に集中する。その間身辺には全く無防備になり、目に入るのはレンズの1点に限られる。着弾点の広域な観測、同じ一人には不可能である。そこで、一人の助手が不可欠である。それをスポンダーと呼ぶが二人一組がスナイパーの宿命である。

 戦場はヴェトナム、南側の崩壊を間近にして、前線の奥深く取り残された小部隊、之を撃滅しようとするヴェトナム軍、規模は数百人、改めて読み返して見たが、ハッキリしない。指揮官に佐官の表現がある。小部隊の救出にスワガーが立ち向かう、スポンダーを従えて。 敵陣で異変が起る、浅い霧が立ち込める中、散開する小部隊毎バタバタと兵士が倒れる、しかも、指揮官や通信員と幹部に集中して起こる。前線は膠着混乱して隊伍が崩れる、しかし、ようやくスナイパーと気がつき、残された隊長により、スワガーのひそむと思われる岡の側面に斥候隊が向けられる。きわどい応酬があって彼は手ひどい傷を負い、今は之までと意識の薄れる場面に都合よく友軍の之も斥侯がやってくる。

 Sハンター(著者)両軍に公平しかも詳細かつ考慮深い行動をとらせている、間が抜けていない。しかし最後は都合よく友軍である、この助けの必然についての書き込みを読み落としたのか、読み直す。さすがハンター、友軍の陣営fで、遠くの銃声しかも機銃でなく数発ごとの発射音から、スナイパー特に伝説とまでなっているスワガーと断定し、側面擁護の要ありとの判断、うまいこと数行の仕掛けがあった。
 この小文メデタシ目出度しである。「極大射程」是非とも読んでと、誰にともなくすすめる。いや、狙い撃ちで!

        2015-7-2



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posted by 速魚 at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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