2015年08月08日

ジェシー・ジェイムス  創られた英雄  全146回



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Jesse Woodson James





第146回  《最終回》
 :ジェシー・ジェイムス〜創られた英雄 その146

 エピローグ  

 初めてジェシー・ジェイムスの育ったカーニィーの農園を訪ねたのは、40年近くも前のことになろうか。家は崩れかかった丸太小屋にコロニアル風の木造2階建ての家を無理に繋げた小さなもので、畑の向こうに奴隷小屋が並んでいた。私たちのほかに訪問者はなく、地元の大学で歴史を専攻する学生が順に当番に当たっているだけだった。
その日はアメリカ南北戦争を専門にしている女学生が、寒そうにポツネンと居間の椅子に腰掛けて本を読んでいた。もちろん、入場料などなかった。まだ、カーニィーの町も、この観光資源を有効に生かそうとしていなかった。 
30年経ってから、もう一度カーニィーを訪れて驚いた。広々とした駐車場に迎えられ、大きな博物館が隣接されていたのだ。そこで入場料を払い、ジェシーのピストルやライフル(だと伝えられているものだが)、ゼラルダやサムエルの大きなパネル、ジェイムス家とは関係のない、ただその当時のモノというだけの、家具や馬具が展示された狭い会場を回らなければ、オリジナルの家に入れないようになっていたのだ。もちろん、ゼラルダが目を剥くであろうほどバラエティーに富んだ土産物も売っていた。実際、ジェシー・バーガーにフランク・ビールがあっても驚かなかったことだろう。
家の周囲もアメリカの団地のようにきれいな芝生が広がり、ピクニックテーブルまでそこここに据え付けられている。崩れかかった丸太小屋はそうでもしなければ腐り果ててしまうのだろうか、真っ白に塗られ、丸太の間に詰め込むチンクと呼ぶ材料も、当時は泥、粘土に苔や草の根を混ぜたものだったのが、化学的なコーキング剤に変わっていた。ウィークデイだったのにもかかわらず、狭い家は人息れで蒸すほどの混みようだった。
ジェシー・ジェイムスは、母親のゼラルダが意図したように、地元の観光資源として立派な役割を果たしていた。それ以来、ジェシー・ジェイムスの家、農園を訪れたことがない。
西部劇受難の時代になってからも、ジェシー・ジェイムスの人気は衰えていない。最近、ブラッド・ピッツがジェシー・ジェイムスを演じ、プロデュースにも関わった映画『ジェシー・ジェイムスの暗殺』が造られている。原作はロン・ハンセン(Ron Hansen、原題は"TheAssassination of Jesse James by Coward RobertFord"と長ったらしい)、晩年のジェシー・ジェイムスとボブ・フォードに焦点を絞ったユニークな読み物になっている。 
ジェシー・ジェイムス・ストーリーは、彼の生前からジョン・エドワーズが書き続けていたし、他にもパンフレットのような雑誌や薄手の本など、それこそゴマンと出版されていた。彼の死後も、ジェシー・ジェイムス・ブームは衰えることがなかった。それどころか、ハリウッドが野外にカメラを持ち出し、西部劇を製作し始め、ジェシー物を造り、ジェシーブームに輪をかけた。
アマチュアの数奇者とマジメな歴史家とが渾然となったアウトロー史で、ジェシー・ジェイムスほど書かれた人物はいない。出版物の数の多さは、他のアウトローたちをはるかに引き離し、断トツでトップだろう。
私が気楽に読み流すための、ハリウッド映画の延長のようなアウトローシリーズを書き始めた時、ブッチ・キャサディーやビリー・ザ・キッドと並んで、ジェシー・ジェイムスも当然脳裏に浮かんでいた。旅行のついでに、ジェシーに関係のあった場所に立ち寄り、写真を撮ったり、本を集めたりもしていた。だが、ジェシー・ジェイムスのことを知れば知るほど、彼の暗さ、陰湿な二重人格、変質狂的な殺人、エドワードに踊らされているだけなのに、それに気付かず増長していくエゴなど、嫌な面ばかりが鼻に付き、ジェシー・ジェイムスを取り上げることをためらわせた。
このような軽い読み物にしろ、伝記的要素をフンダンに持った話は、対象になる人物に程度の差こそあれ、惚れ込む要素がなければ耐えられない仕事になる。私にとって、ジェシーは憧れるところが全くない、無視してしまいたい存在だった。第一、ジェシーの生涯は西部劇のもつ大自然の雄大さ、砂塵の舞う辺境の町、ジョン・フォードが描くところのハリウッド映画的要素が全くないではないか。それに、ジェシーはカウボーイとして牛を追ったこともなく、ブロンコ(野生の馬)を乗りこなしたこともなく、バファローを撃ったこともないのだ。
一度でも殺戮に手を染めた者は、ましてやジェシーのように凄惨を極めた惨殺を繰り返してきた者には、生涯拭いきれない臭気が付きまとうのだろう。セントレリアの大量虐殺現場を訪れ、このシリーズには掲載しなかったが、北軍の負傷兵のペニスを切り取り、それを死者の口にくわえさせている写真を見た時、どのような人間がこんなことをするのだろう、そして、そんなことをした人間がそれからどんな生涯を送ったのだろう……という感慨に捉えられるのは私だけではあるまい。
しかし、こんな殺戮はアウシュヴィッツや日本軍の中国、満州侵略など、戦争に付き物だったのだろう。そして、そんなサディズムの極致のような殺しを行った男たちは、戦争が終わるとともに、隣りの親切なおじさんになり、店屋のオヤジになり、公務員や学校の先生に戻ったのだ。
すでに過ぎ去ったこと、現在の自分の存在とはおよそ無関係な史実を取り上げ、それを鳥瞰図的に眺め、批判するのは易しいことだ。私にしても、敗戦直後に生まれ、現在まで戦争を自分の身に降りかかる進行形で体験せずに済ましてこれたことを幸運だとするだけだ。
ジェシー・ジェイムスは16歳で南軍の下部組織に加わり、18歳のときに終戦を迎え、それからサディスティックな殺人鬼・チビのアーチの腰巾着として、ゲリラ集団・ブッシュワッカーになった。ジェシーを血で洗脳された南北戦争の犠牲者だったとすることはできない。南軍に参加した幾千幾万の若者は、それぞれの苦悩を抱えながらも敗戦を受け入れ、真っ当な戦後を迎えているのだ。
ジェシーは異常な戦争状態、戦後のゲリラ戦を殺されるまで続けたのだ。私はジェシーに犯罪者として、サディストとしての性格があり、そんな暗部がブッシュワッカー時代に深く広がって行ったのだと思う。彼は陰湿でご都合主義、自分本位の冷血な犯罪者だったと思う。
ジェシーが持っていたやりきれない暗さと欺瞞的性格が、私に彼を取り上げるのをためらわせた。しかし、アウトローシリーズと名付けた以上、ジェシー・ジェイムスを取り上げないわけにはいかない。
まず、驚いたのはジェシー・ジェイムスに関する出版物の多さだった。私が利用している地元の大学の図書館と町の図書館から、ザッと借り出しただけでも30〜40冊にはなるだろう。絶版になってから久しい本やパンフレットのたぐいはアマゾンを通して購入したり、他の大学の図書館からも郵送してもらった。
当然のことだが、すべてを読んだわけではない。最初の数ページに目を通しただけで、虚実混合で思い入れだけで書かれている西部冒険小説、南軍派、奴隷派のプロパガンダだと容易に嗅ぎ分けることができる。腐った卵は臭いを嗅ぐだけで分かるから、わざわざそれを食べてみる必要はない。 
それほど沢山書かれているのだが、史実に基づいた本や調査レポートは限られている。 私の簡略化したアウトロー伝、ジェシー・ジェイムスを書く上でいつも卓上に置き参考にしたり、引用した主な本は以下の通りである。 


The Rise and Fall of Jesse James by RobertLove
恐らく、ジェシー・ジェイムスを史実から捕らえようとした最初の本ではないかと思う。1926年の出版で、再販されていないが、Amazonなどで入手できる。
Jesse James was My Neighbor by HomerCroy
著者はここで隣人と言ってはいるが、相当離れた隣町メリーヴィルで育っている。おまけにジェシーは16歳でカーニィーの農園を出てから、実家に住んだことがない。だが、当時のミズーリー人たちがいかにジェシーをアイドル化していたかを知るには良い本だと思う。 1949年の出版。
Jesse James was his Name by William A.Settler
オクラホマ大学の教授が書いた伝記。1966年出版。史実を丁寧に追った本で、とても参考になった。
Jesse James "Last Rebel of the Civil War" by T. JStiles
非常に優れたジェシーの伝記だと思う。史実のソースも明確にしているし、社会的、政治的背景にも多くのページを割いている。2003年の出版。
Frank and Jesse James by Ted P.Yeatman
2000年出版。タイトルの通りフランクにも焦点を合わせている。また、参考資料として、多くの写真と手紙を載せている。
Jesse James and the Civil War in Missouri byRobert L. Dyer
Bloody Dawn by ThomasGoodrich
ローレンス、カンサスの惨殺事件を実証を重ねることで浮き彫りにしてる優れた本。
Inside War by Michael Fellman
南北戦争中そして戦後のミズーリー州内でのゲリラ活動全般を知るための絶好の本。
Quantrill and the Border Wars by William E.Connelly
1910年に書かれたものだが、復刻版が1992年に出版された。
他、John Newman Edward"Shelby and HisMen"
"Noted Guerrillas, or the Warfareof the border"
彼の新聞記事は大いに参考になった。古い美文調で読みにくいが;。
南北戦争関連の本は、リンカーンのものを含めると膨大な数が出ている上、その時代の地方史を加えると、まさに天文学的な数になるだろう。今でも、歴史専攻の大学生が好んで取り上げる時代の筆頭は南北戦争だ。  
だが、このシリーズでは、南北戦争のことはジェシー・ジェイムスが関わった極めてローカルな事件のみに限った。
古い雑誌や新聞もインターネットで覗けるようになったので、とても重宝した。写真の多くはインターネットのサイトからの転載である。当然のことだが、インターネットから得られる情報は限られており、往々にして間違っている。手っ取り早く覗けるので便利だが…。
休日になれば、アウトローたちの足跡、主に墓探しに付き合わせた"卑怯な裏切り者"ボブ・フォードの末裔、かすかな血縁であるらしい私の連れ合い"フラカ"にありがとうと、この場を借りて言っておきます。とても本人に面と向かってはテレ臭くて言えないので。

    のらりより転載。著作権は佐野とのらり編集部に所属します。
   

    
              バックナンバー
   
1-50   http://www.norari.net/outlaw_05/back_outlaw_JJ_01.php
  51-100  http://www.norari.net/outlaw_05/back_outlaw_JJ_02.php
101    http://www.norari.net/outlaw_05/082814.php
  ここからは最終回146までは整理したものがないため順次次回をクリックしてください



2015-8-8


posted by 速魚 at 05:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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