2015年11月19日

犬塚是重 上海特務機関長の3年



  
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犬塚海軍大佐



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 海軍の唯一のユダヤ研究家であり、上海特務機関長として、大戦前の3年間にわたりユダヤ工作に従事し、ユダヤ人から感謝されました。
 明石元二郎は国の豊富予算で動きましたが、彼はこのために昇進をあきらめて現役を退き私財・退職金の1万円をこれに使いました。
 ドイツ・ナチ派の軍人や総選挙で最高票で代議士に当選した四天王陸軍中将にナチ同様に、ユダヤ人排除・殺戮をするようすすめられましたが、人道・武士道に反すると断固拒否しました。 結局は、犬塚を追い落とすために、根も葉もないデマで嫌疑を受けたり、人事に陥入されて、最後は現役復帰でこの職を辞すことになった。 
 敗戦後に戦犯容疑で逮捕されましたが、上海のこともあり不起訴で釈放されました。

 杉原千畝のビザ発行が有名ですが、それよりも前に犬塚大佐はユダヤの神学生200人の日本通過ビザの発給をリトアニアの杉原千畝に合法的にさせました。 それを聞いてユダヤ人がますますリトアニアに殺到することになります。
 杉原千畝はこの先例があり、人道上の個人的な判断からその後に起きたビザ発給です。 犬塚大佐の場合は、上海で実務的にユダヤ問題に実行対処してきたことからの判断・考えによる違いがあります。

  本書の著者・新明きよ子さんは戦後結婚して犬塚きよ子になるのですが、新聞記者をしていてユダヤ人のことに興味を持ち、海軍軍令部を訪ねて犬塚大佐に会います。その時にナチスのように排斥一本鎗ではなく、ユダヤ禍への対策を立てるとともに、彼らをまつろわせて救う道を講じるのが日本の解決策であると彼の話を聞きました。


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          右から著者、犬塚海軍大佐、、安江陸軍大佐、

 陸軍の安江仙弘大佐と海軍の犬塚是重大佐、この両人しか旧軍にはユダヤ専門家はいなかった。どちらも戦後のイスラエルから尊敬を受けています。 ナチと同じようにならなくて幸いでした。

 犬塚大佐は連合艦隊司令長官の山本五十六とラバウルでしんみりと語り合うことがあり、戦局を案ずる長官に、持論のアメリカ・ユダヤを動かしての和平工作案を進言したという。それは名案だ、帰京して軍令部に提案してくれと。その上申案の作成中に長官戦死の報があった。ついに日の目をみることはなかった。惜しまれます。

  戦後に彼を日和見主義者であったと非難する人もいます。ユダヤ工作の一番の目的は国益です。どこにも行くところがなくなったユダヤ人に対して、英国はパレステイナに上陸しようとした避難民に機関銃掃射さえしています。今の欧州に殺到している避難民の状況とは比べようもない状況です。米国もほとんど受け入れしていません。 上海にしか安住の地はなかったでしょう。そこでユダヤ人を3万人ほど保護しました。

 この書を読めばそのような人柄でないとわかるはずです。著者のきよ子さんは、いわばユダヤ研究の同志というような方です。奥さんが亭主のことを書いた文と勘違いなさらぬように。まぎれもない1次資料です。 おすすめいたします。

       2015-11-19


  根本博 陸軍中将の決断
  http://hayame2.sakura.ne.jp/details1024.html#根本博将軍
  石光真清
  http://hayame2.sakura.ne.jp/details1024.html#石光の年賦
  明石元二郎
  http://hayame2.sakura.ne.jp/details1024.html#明石元二郎
  松江豊寿  坂東俘虜収容所
  http://hayame2.sakura.ne.jp/details1024.html#松江豊寿





  







posted by 速魚 at 05:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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