2016年08月02日

福山城


  譜代10万石の城としてはできすぎ

   福山には船員時代に何度も製鉄所へ寄港しました。 製鉄所では、その当時でも荷揚げ設備が近代化されて大型化していて、長く滞在することはありません。 たまに泊まることがあると、若いバカさのせいでしょう、文化的なことには関心が薄かった。 従い福山にお城があるなんて気が付きもしませんでした。

 爺になって、三原へヨットで訪問。 やっとJRに乗って福山や尾道を訪ねました。

  福山城は1622年に完成した。新規の築城としては最も新しい城です。そのためか伏見城から移築されたものが多い。天守は昭和20年の空襲により焼けました。

 譜代の臣水野勝成が備後10万石の領主となり、福山城を築く。10万石の大名の城としては大きすぎ、櫓の数も多く西方防御の拠点として役割を担った。



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    再建天守閣 博物館  北側は鉄板張りであった

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   2の丸南側石垣 月見櫓




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    筋鉄御門  重要文化財  伏見城より移築


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    伏見櫓  重要文化財  伏見城より移築



 水野5代のあと阿部10代が廃藩置県まで続いた。

幕末の阿部正弘は福山藩主で老中首座を務めた。彼は日米和親条約を結び日本を開国させました。勝海舟を登用して長崎海軍伝習所などを創設。老中在任のまま江戸で急死した。

 
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   阿部正弘像 1819-1857


 福山城も譜代の阿部氏が福山藩とは、ここにくるまでは、知りませんでした。見直しさせられました。

     2016-8-1


   築城400年記念  修復計画
  https://www.youtube.com/watch?v=Cy9pf7JZvJ8  

    2020-9-28





posted by 速魚 at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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