広島県廿日市市にあった当時は3方を海に面していた海城です。 鎌倉時代に藤原親実が厳島神社の神主となり桜尾城を築いたといわれている。 室町時代には武田氏や大内氏の支配となる。戦国時代には毛利氏の支配となった。毛利氏家臣の桂元澄や毛利元就の4男穂井田基清が城主になる。

大正時代の桜尾城跡
桂元澄の末裔である桂太郎がここを買い寄付して、現在は桂公園としてある。台形をなした高台の公園が現状です。そこを見に行ったときには、女子中学生が集まってにぎやかにしていました。
桂太郎は明治の元勲で、日英同盟を結ぶなど、日露戦争のグランドデザインをした人です。彼なしでは勝利することはできなかったでしょう。

桂太郎

史跡桜尾城

公園からの下り坂道

桂太郎の寄付 桂公園碑
藤原親実が鎌倉幕府より桜尾城主に着任後(1220)に1233年に
天満宮を作ったといわれる。

廿日市 天満宮
また近くに菩提寺として洞雲寺があり、桂元澄のお墓や毛利元就が屋島の合戦で
討ち取った陶晴賢を桜尾城で首実検してこの寺に葬ったということです。

洞雲寺

桂元澄 夫妻の墓

陶晴賢の首塚 洞雲寺境内
折敷畑の合戦
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2016-9-25