2016年12月04日

僧 月性 1817-1857




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月性像 海を見ている 酔えば剣舞を舞ったという

 ヨットで柳井から広島に向かう大畠瀬戸を通過して、天候悪化の状況によりまた柳井に引き返した。 そのおかげで港より徒歩10分の距離にある妙円寺・月性展示館にいくことになる。
 そこでは館の方より詳細な説明を口頭で聞けました。今までに経験したことのないことです。月性に関して興味のある事項・事績を知ることができた。

 月性は同時代の西郷さんと入水自殺した薩摩の月照さんのほうが有名かもしれません。 この長州の月性さんは、長崎にてオランダ船を見て海防の必要性を痛感して、ペリ−来航の際には性別・身分にかかわらず志あるものが新たな兵制を確立して立ち向かうべきという海防五策を提唱した。これは後の高杉晋作の奇兵隊に大きな影響を及ぼす。 彼は妙円寺の住職であったが、真宗教団の腐敗を糾弾して護法意見封事を表した。
 また三一歳で私塾・清狂草堂を起こし久坂玄瑞・世良修蔵・赤根武人・大洲鉄然らがその門をたたき、松下村塾とともに維新の英傑を輩出した。

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改修中 清狂草堂

 親交の深かった吉田松陰は病で死んだ月性のことを遺書のなかで、藩内で最も才知が優れて称賛すべき月性であると書き残している。

 彼は漢詩人であり、感銘深い漢詩をのこしている。
  
将東遊題壁
男児立志出郷関
学若無成不復還
埋骨豈期墳墓地
人間到處有青山

将(まさ)に東遊せんとして壁に題す
男児 志を立てて郷関を出づ
学 若し成る無くんば復た還らず
骨を埋める 豈墳墓の地を期せんや
人間 到る処青山(墓地)あり


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妙円寺と月性展示館  高杉晋作も滞在したという

    2016-12-4


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posted by 速魚 at 06:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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