今冬に伊予鉄道の市電に乗って道後温泉に行ったとき、その駅の手前の駅が道後公園です。電車の中で気が付いたのですが、そこは湯築城跡の公園でした。そのときは松山城しか興味がなく、このお城のことは失念しておりました。ヨットで松山に再訪したのでここに訪問です。
河野氏の伊予の本拠となるお城です。長曾我部氏に狙われていたが、秀吉の命を受けた四国攻めで、小早川隆景により湯築城は落城した。250年以上にわたる河野氏が滅びる。
小早川隆景、福島正則と城主が変わるが1587年に廃城となった。後の松山城に建材が流用されたという。

案内図

外堀

内堀

天守のない平山城 本丸最高部にある 現在の展望台

展望台より見た松山城
近世の城郭とは違い、2重の堀で囲まれた平城でも防御には強そうには見えませんでした。戦国乱世の末期では容易に落ちそうです。
城内の半分ほどは発掘調査され武家屋敷も再現展示されています。
余談になりますが、今はやりの鉄っちゃん・鉄子の注目の場所、信号待ちで市電が伊予鉄道を待つ、珍しい交差点の写真を挙げます。


2016-12-9