2018年04月06日

イビザ物語 14   佐野


  ギュンターとドイツ人たち その1

 
 ギュンターは、『カサ・デ・バンブー』のある隣のアパート3階に住むドイツはケルンの市立劇場の演劇監督だ。彼は私がイビサに移り住むはるか以前、十数年前から毎年、クリスマス休暇、イースター、そして長い夏休みをここで過ごしているイビサの長老格だった。ギュンターを中心にしたドイツ人グループは旧『カサ・デ・バンブー』の歴史をよく知っており、機会あるごとに、あの時は、あの時代はとやるのだった。
 ドイツ人グループが私の店で落とすお金は実にありがたく、安定した売上に貢献してくれていた。だが、と言わなければならないのが苦しいところなのだが、僅かな例外はあるにしろ、皆常連扱い、特別扱いにされることを当然のこととして期待しているのが重荷ではあった。私たちあっての『カサ・デ・バンブー』だろうが、私たちはチャーターフライトで押し寄せるイチゲンの観光客ではないのだ…という態度、押し付けがましさがミエミエなのであった。
 ギュンターは演劇関係の人のご他聞に漏れずホモセクシュアルだった。ギュンター自身曰く、彼の劇場でマトモ?な(ホモやレズでない)のは、便所掃除のオバさんだけだということになるのだが…。
 イビサがドイツ、北欧、イギリスの人々で賑わうのは、一つに大っぴらにホモセクシュアルであることが許されることも大きな理由だったろう。おそらくその当時、すでに本国でもホモセクシュアルは認められていたと思うのだが(ドイツでは1969年にホモセクシュアル公認)、イビサほど開けっぴろげに、その場限りのホモセクシュアルを漁ることはできなかったのではないか。ところがイビサに来れば、若くしなやかなオリ−ブ色の肢体をもつラテン系のホモセクシュアルがたくさんいるのだ。

 ホモセクシュアルの連中が行くバーは、旧市街の城壁にへばりつくような階段脇にある“インコグニート”(お忍びの場所)で、その辺りは異様な雰囲気を醸し出していた。なにせ、そこにいるのは全員が男ばかりなのだ。おまけに皆が皆、綺麗に陽焼けし、手入れの行き届いた皮膚、髪型、流行最先端のイビサのヴァカンス・ファッションに身を固めているのだ。
 かと言って、リオのカーニバルの衣装のようなケバケバしい悪趣味な女装をしている者は一人もいない。長髪、髭面のヒッピー風の男もいない。バルセロナのランブラスに立ち並ぶドギツイ化粧、女装をした男娼たちとは、まるで次元が異なるホモセクシュアルなのだ。それぞれが清潔でシンプルなイビサ、サマーファッションを着込み、自分が一番美しいと思い込んでいる様子が窺えるのだった。そしてその一角は、香水、オーデコロンを何本かぶちまけたような香りが漂っている。おそらく皆、高級なオイル、ローション、香水をたっぷり体中にまぶして、お出ましになるのだろう。
 ホモセクシュアルの話ばかりしていては片手落ちになる。一方、レズビアンの方はイギリス女性、アイリーンが旧市街の奥まったところに開いている『オベッハ・ネグラ』(OVEJA NEGRA;黒い子羊)にたむろしていた。
 大多数を占めるノーマル(ストレート)…という言い方もおかしいが、男性、女性、カップルは港の前の通りに並ぶバール、カフェー『モノ・デスヌーダ』(Mono Desnuda;裸のサル)、『グラフィティー』(Graffiti)などに陣取り、3人と横になって歩けない細い歩道を行きかう人々を眺めるのだった。

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オフシーズンのサリーナスの海岸

 私たちが“オカマビーチ”と名付けた一角があった。“サリーナス”(Salinas)はその名のとおり、塩田がある場所で、イビサで一番賑わう砂浜がある。白みがかったベージュの非常に細かい砂のビーチが弓状に緩やかな湾をなし、対面にフォルメンテーラ島の低い島影を見ることができる。
 サリーナスは男女混浴…という言葉しか思いつかないのだが、老若男女、素っ裸で気楽に日光浴できる公認ヌーディストビーチがあるところだ。ここに来ると、濡れた布着れで体の一部を覆うのは愚かで、不健康なことに思えるほど、皆が皆素っ裸なのだ。
 そんなサリーナスのビーチを左に進むと、岬とも呼べないような砂州がフォルメンテーラ島の方向に伸びている。その砂州を回ったところ、視界を遮るように小さな湾があり、そこにホモセクシュアルたちが集うのだ。素っ裸のオトコばかりが寝そべるビーチは、一瞬ギョッとさせる奇観だった。
 サリーナスの方は裸のデブデブのおばあちゃんが孫を遊ばせているのだが、(もちろん若い女性もいるが)、ここオカマビーチではまるで、醜い肉体の持ち主の入場を禁止し、体重制限を設けているかのように、嫌味なくらい肉体美を誇る自意識、美意識の持ち主ばかりなのだ。互いにサンオイルを塗り合い、中には誇示するかのように旗ザオを天に向けてオッタテテいる御仁もいる。
 私は日本から時折やってくる友人や親類を、事前に何も言わずにイビサ観光コース巡りの一環として、ここオカマビーチに連れてきて、彼らの反応を楽しんだものだ。


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サリーナスの岬にある17世紀の灯台遺跡、遠くの島影がフォルメンテーラ島

 ギュンターは毎朝のように、といってもイビサタイムの朝、11時過ぎに『カサ・デ・バンブー』に降りてくる。台所とテラスを隔てている分厚い木のカウンターに陣取り、レモンを一切れ入れた冷たい水とマグカップほどもある大きなカフェ・コン・レチェ(ミルクコーヒー)が彼のお決まりで、それに毎朝、私が街のパナデリア(panaderia;ベーカリー)で仕入れてくるジャム入りのエンサイマダ(ensaimada;フワフワの丸いパンの間にリンゴを千切りにしたジャム状のものが挟まっている、至極甘いお菓子パン)を所望する。これは定番だった。
 ギュンターが『カサ・デ・バンブー』に足を踏み入れると、まず、アリストが首を伸ばすように低音で吠え、シッポのない尻を振り、出迎える。ギュンターもドイツ語で「オオ、アリスト、〜〜〜、〜〜〜」と呼び掛けながら、アリストの頭を撫で、3脚しか置いてないカウンター前のスツールに陣取るのだ。私は彼が黙っていても、毎朝同じモノを出す。
 どこから手に入れるのか2、3日遅れのドイツ語新聞“フランクフルター・アルゲマイネ・ツタトング”、ボンの“ヴェルト”などのクオリティー紙や“シュピーゲル”などの雑誌、私が買ってくる“ディアリオ・デ・イビサ”(Diario de Ibiza;イビサ日々新聞)に目を通しながら、何やかや、ドイツとイビサのゴシップを聞かせてくれるのだった。要は話し相手というか、自分の話を聞いてくれる人が欲しいのだ。
 ギュンターがドイツの演劇界でどの程度著名なのか知らなかった。彼とはもっぱらイビサの噂やスペインの話ばかりしていたからだ。ある時、彼と同じ町、ケルンからやってきた実験的なシアターの俳優グループが、ギュンターは古典的な演出では名の通った監督であり、様々な演劇コンクールの審査員、アチラコチラの演劇学校、音楽学校の入学試験官も務めている、今度、彼の名前が載っている新聞を持ってきてやる…と言い、2、3日後、ワグナーのオペラ演出で、例の暗い、シンボリックな舞台を定着させたヴィーラント・ワグナー(大ワグナーの孫だか大甥)と一緒にギュンターの名前があることに驚かされたのだった。 

 それとなく、ギュンターに演劇やオペラの話題を向けたところ、そのあたりはプロなのだろう、「それが、オレの仕事さ」と言うばかりで、多くを語ろうとしなかった。もっとも、イビサのような避暑地でカフェテリアを開いたヒッピーのようなバックパッカー崩れの私に、ドイツの演劇やオペラの話をしても始まらん、通じないと思っていたのかもしれないが…。
 私にしても、ゲイジュツカとしてのギュンターを相手にしているのではなく、お客として、またよく宣伝をしてくれ、友人をここに連れてきてくれる上客として遇しているだけだから、彼がホモセクシュアルだろうが、チトは名の知れた演出家だろうが、どちらでも良いことだった。というか、ホモセクシュアルのお客はとても良い客だった。
 小うるさいくらい拘りがあるのを我慢しさえすれば、ワインなどもビノ・デラ・カサ(vino de la casa;ハウスワイン)などは決してオーダーせず、“ヴィーニャー・ポマール”や“ファウスティーノ”クラスの中級品以上を注文するし、ドライのヘレス(Jerez;シェリー酒)などは彼ら専用といってよいくらいだった。ホモセクシュアルの連中たちは金を持っているし、金離れも良いのだった。
 何度か彼らの家、アパートを訪れたことがあるが、乱雑さは微塵もなく、控えめに趣味良く飾られており、何よりも清潔だった。あの三美神、ヴィッキー、コルネリア、エレーナ(アンダルシア女性)の猥雑なほど、散らかったアパートとは雲泥の差があった。
 ギュンターの部屋も広さや造りは私のアパートと全く同じなのだが、これが一体、どこが同じなのだというくらい内装のすべてが違うのだった。家具は一つ一つが吟味され、配置も考え抜かれているし、壁に架けてある絵や写真も、誰かがくれたというだけで、置き場所がないまま白壁を埋めるためだけにL字の釘に引っ掛けたようなものは一つもないのだった。 
 ただ、彼らは傷付きやすく、とても繊細だった。
ギュンターは自分がホモセクシュアルであることをあえて宣伝もしなかったが、隠そうともしなかった。周りの誰もがギュンターがホモセクシュアルなのを知っていた。
-…つづく

 
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posted by 速魚 at 03:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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