広島県廿日市に第二次長州征討で焼けた町屋跡の碑があります。 芸州口の戦いで和木を訪ねたことがあり、ここに載せています。
芸州藩と長州藩の国境は和木近くの小瀬川にある。正確には支藩の岩国藩と芸州藩の境です。ここで四境の役(第2次長州征討)芸州口の戦いの戦端が開かれました。
芸州藩は第一次長州征討では家老の辻将曹が仲立ちにより、西郷隆盛が岩国藩へ行き藩主と会談し、また長州へ乗り込み長州諸隊の幹部を説得したことにより、まとめたことで実戦が回避された。
しかし、第二次長州征討では芸州藩は大義の無い戦いであると訴えたが幕府に先鋒を命じられる。老中小笠原長行(おがさわらながみち)はこれに対して家老の辻将曹らを謹慎処分に命じた。それに藩士が激昂し暗殺を計画した。小笠原を呼出し藩主浅野長訓(あさのながみち)が退去と不参戦を通告した。

廿日市町屋跡 第2次長州征討で炎上
芸州口の戦いが起こると芸州藩内の戦闘であったので中立を保つが、廿日市町屋の焼失のような被害を受ける。芸州と長州の間では藩外への撤退を長州と交渉をおこなった記録は残っている。2か月に及ぶ戦いで大きな被害を受けた。従来の藩兵だけでは守れないと精鋭部隊が必要だと認識された。
芸州口の戦い・四境の役・第二次長州征討 周防の国の海道・古道一人旅より 詳しい地図があります。
http://www.sakura64.sakura.ne.jp/contents10geishuuguchinotatakai.html
士庶による神機隊の建白を木原秀三郎は義弟河合三十郎と提出。神機隊が創設された。隊内では身分、地位、格差をもちこまずに学問所などで学ばせる。募兵にあたって高い教養をもった人材を優先した。訓練に英語を取り入れて知識と意欲がなければ適応できなかった。軍律は厳しく違反者には容赦なく切腹を命じた。

木原秀三郎 檜山村の庄屋出身、勝海舟の海軍塾で学び、芸州藩に登用。

薩長芸三藩盟約書草稿
薩長芸軍事同盟で上洛した芸州藩であったが、鳥羽伏見の戦いでは芸州藩の正規軍は参戦しなかった。 これ以降に芸州藩は戊辰戦争の主導権を失うことになる。よく口にする「薩長土肥」には入れてもらえないことになった。
神機隊は備中・備後の鎮撫に出動した。京都では芸州藩は鳥羽伏見での戦いで笑いものになっていた。神機隊は関東出兵を決めたが、藩は財政赤字を理由に拒否した。神機隊は自費で出陣する。上野戦争と奥州戦争で先鋒として大きく貢献した。高間省三は敵陣一番乗りで戦死して有名になる。324名で故郷を出たが仙台では、まともに歩ける隊兵は80名程であったという。

高間省三 1848-1868 藩中きっての文武のエリ−ト、老中小笠原の暗殺を謀る。神機隊の砲隊長、戦前の武勇に優れた軍人の代表として紹介されている。
芸州藩の諸隊
晴雲隊 1863・文久3年編成、柔述の心得200名、備中、備後の騒乱鎮圧、東北遊撃軍に加わり秋田へ参戦、
同仇隊 1863・文久3年学問所詰め藩士子弟で編成、54名、備中、備後の騒乱鎮圧、東北遊撃軍に加わり秋田へ参戦、諸隊の士官として活躍が多い
一心隊 1864・元治元年八月編成、周辺農町民有志100名、広島城下と周辺警備のため、
遊撃隊 1865・慶応元年春編成、38名、北陸道鎮撫総督の先鋒、
1866・慶応3年 6月 芸州口の戦い(第2次長州征討)
捷神隊(しょうしんたい) 1866・慶応2年8月編成、60名、民兵、神機隊と合併、戦歴不詳
神機隊 1866・慶応2年 9月 藩士と農商民で編成、1200名
1867・慶応3年 9月 薩長芸軍事同盟
1867・慶応3年 10月14日 大政奉還
献力隊 1867・慶応3年10月編成、300名、農商子弟300名、一部は戊辰戦争に従軍、大半は予備隊として待機
衆合隊 1867・慶応3年11月徴募編成、藩士を中心に民間を加えた300名、幹部は参戦、残りは後尾として残る
推誠隊 1867・慶応3年11月編成、草莽有志200名、藩軍事奉行の付属、一部は東北遊撃軍の傘下に、瀬戸内当初警備に
応変隊 1867・慶応3年秋編成、220名,士庶混成、鳥羽伏見120名参戦、北陸道100名、日光会津口と東北遊撃隊に分かれて参戦
新隊 1867・慶応3年秋編成、124名、八幡山方面に参戦、以後各地転戦
1867・慶応3年 12月9日 王政復古
1868・慶応4年 1月27日 鳥羽伏見の戦い
輔正隊 1868・慶応4年1月編成、豪商農の指導で組織200名、東北遊撃軍に加わり秋田へ参戦
奏勇隊 1868・慶応4年1月編成、藩士及び農町民の混成150名、領内治安警備
神速隊 1868・慶応4年2月編成、士農混成100名、戦歴不詳
司箭隊(しせんたい)1868・慶応4年2月編成、士農混成の銃隊、250名。装備旧式、戦歴不詳、
1868・慶応4年 4月11日 江戸城無血開城
2018-9-14
船中発策 高杉晋作 まとめ
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