「関サバ」や「城下かれい」の地域ブランドは知られてきています。 小生はさっぱり食した覚えはないのですが。 さて、その「城下かれい」のお城はどこでしょうか?
ヨットで日出城へ訪ねるつもりだったのが、杵築の漁港でアンカ−トラブルに巻き込まれて、巻き込まれたロ−プを除くために潜るハメになり、ここ日出の港への寄港を取りやめ別府に変更した。 そう、城下(しろした)とは日出城のことです。 現地を訪ねて分かった”にわか知識”ですが。
お城近くに的山荘という格式の高そうな料理屋があり、お昼には城下御膳が5400円で食べられるといいますが、小生はその身分でないので「城下カレイ」はもちろん食べてはいません。
別府から日出へはJR日豊線で320円20分ほどの近距離にあります。日出城跡のほとんどが小学校の敷地と化しています。 天主部もまたその敷地内です。 取り囲む石垣は残っています。
初代藩主木下延俊が義兄の細川忠興の協力で築城した。 北政所に続がる関係で家康につき3万石の小藩として維新まで続く。

日出城下町図

日出城(陽谷城)図


外大手にある時鐘

鬼門櫓 鬼門・北東の隅がわざと角が切ってある珍しいもの

天守石垣 三層の天守があった
明治初期まで城は存在し取り壊される前に実測が行われたという。規模も小さいことから復元されたら、良いものになるのではないかと思う。小学校は移転してもよいのでは? お城ファンの願望にすぎないのだけれども。
2019-6-24
船中発策 城廻めぐり