2020年03月03日

第2次世界大戦前年表 1919-1941


1919 大正8

1月18日 - 第一次世界大戦の終結に関するパリ講和会議開催
3月2日 - コミンテルン(第3インターナショナル)創立
3月23日 - イタリアでベニート・ムッソリーニが「戦士のファッショ(後のファシスト党)」を結成
4月6日 - インドでマハトマ・ガンディーが第1次サティヤーグラハ(非暴力・不服従)運動を開始
6月28日 - ドイツが連合国とヴェルサイユ条約を締結
7月13日 - アメリカ合衆国が金本位制に復帰
8月11日 - ドイツでヴァイマル憲法(ワイマール憲法)が成立(ヴァイマル共和政)
10月10日 - 孫文らが中国国民党を創立
10月28日 - アメリカ合衆国でボルステッド法(禁酒法)制定



1920 大正9


1月10日  国際連盟成立  ベルサイユ条約発効
2月5日 - 慶應義塾大学・早稲田大学、大学令により設立認可。
3月13日 - ベルリンでカップ一揆が起こる
3月15日  日本で株価が大暴落し、戦後恐慌が起こる
3月19日 - アメリカ合衆国上院がヴェルサイユ条約の批准を否決
8月26日 - 米国でアメリカ合衆国憲法修正第19条が発効し女性参政権が認められる。
11月15日  ジュネーヴで国際連盟の第1回総会開催  八八艦隊計画の第一号艦「長門」竣工



1921 大正10


3月18日 - ポーランドとソビエト連邦の間でリガ条約が結ばれる。ポーランドは西ウクライナと西ベラルーシを、ソ連は残りのウクライナとベラルーシを併合し、ウクライナ人民共和国政府はフランスに亡命した。
11月4日 - 原敬首相が東京駅で刺殺される(原敬暗殺事件)。
11月13日 - 高橋内閣成立
11月12日 - ワシントン会議開催(〜1922年2月6日)



1922 大正11


2月6日  ワシントン会議: ワシントン海軍軍縮条約・九か国条約調印
4月3日 - ヨシフ・スターリンがロシア共産党書記長に選出
4月16日  ラパロ条約調印(ドイツ・ソビエト政府国交回復)
6月24日 - シベリア出兵: 日本が撤兵を声明
7月15日 - 日本共産党結成(堺利彦・山川均ら)
10月27日 - ファシスト党がローマ進軍を行う
12月30日 - ソビエト連邦成立




1923 大正12

1月11日 - フランス・ベルギーがドイツの賠償不払いを口実にルール地方を占領する(ルール占領)
7月24日 - ムスタファ・ケマル(ケマル・アタテュルク)首班のトルコ政権が連合国とローザンヌ条約を締結
8月17日 - 日英同盟が四カ国条約発効により失効
9月1日 - 関東大震災発生
10月16日 - ドイツのマルク暴落に対して暫定通貨であるレンテンマルクの発行を決定
11月8日 - アドルフ・ヒトラーの国家社会主義ドイツ労働者党などがミュンヘン一揆



1924 大正13


1月20日 - 中国国民党全国代表大会で連ソ・容共・扶助工農を採択(第一次国共合作)
1月22日 - イギリスでマクドナルド内閣成立(労働党が組織した最初の内閣)
3月3日 - トルコでカリフ制が廃止
4月5日 - イタリア総選挙でファシスト党が勝利
5月26日 - 米国で排日条項を含む移民法が成立。日本人の移民が全面禁止される(排日移民法)。
8月16日 - ドイツ賠償問題に関するドーズ案成立
11月26日 - モンゴル人民共和国成立




1925 大正14


1月3日 - イタリアのベニート・ムッソリーニが独裁宣言
2月20日 -国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)再建
4月22日 - 治安維持法公布
4月26日 - ドイツ大統領選挙でパウル・フォン・ヒンデンブルクが当選
5月5日 - 普通選挙法公布(25歳以上の男子に選挙権)
7月18日 - アドルフ・ヒトラー『我が闘争第1巻』公表




1926 昭和元年


12月25日 - 大正天皇崩御。摂政皇太子裕仁親王が践祚する(第124代天皇)。昭和と改元(この日から年末まで昭和元年)




1927 昭和2


2月7日 - 大正天皇大喪。
2月12日 - 英支那派遣軍が上海に上陸
3月12日 - 孫文死去 以後蒋介石が中国国民党の指導者になる
3月14日 - 片岡直温蔵相が「東京渡辺銀行が破綻」と失言(昭和金融恐慌の発端)
3月24日 - 蒋介石の国民革命軍が南京入城の際、諸外国領事館を襲撃(南京事件)
4月2日 - 鈴木商店破産
4月3日 - 漢口の日本租界で日本陸戦隊と支那人が衝突(漢口事件)
4月22日 - 金銭債務支払延期緊急勅令により3週間のモラトリアム実施・銀行は一斉休業
5月21日 - チャールズ・リンドバーグが大西洋の単独無着陸飛行に成功。
5月28日 - 北伐軍に対する居留民の保護及び治安維持のため日本が中華民国山東省に陸海軍を派遣(第一次山東出兵)。
6月20日 日米英3か国がジュネーブ海軍軍縮会議を開催
10月29日 -中国共産党の毛沢東が井崗山にソビエト政権を樹立




1928 昭和3


2月20日 - 第16回衆議院議員総選挙(最初の普通選挙)
5月3日 - 済南事件。日本軍が山東省済南で国民政府軍と衝突
6月4日 - 張作霖爆殺事件(満洲某重大事件)
7月2日 - イギリスで、女性参政権を認める法律施行。
7月19日 - 中華民国国民政府が日華通商条約の廃棄を通告
8月27日 - パリ不戦条約調印(日本を含む15か国が署名)
10月1日 - 陪審法施行
10月8日 - 蒋介石が国民政府首席に就任
11月10日 - 昭和天皇の即位の礼挙行
日時不詳 ソ連第1次5か年計画




1929 昭和4


1月31日 - ヨシフ・スターリンが、レフ・トロツキーを国外追放。スターリンの独裁体制がここに完成。
3月4日 - アメリカ合衆国、ハーバート・フーヴァー大統領就任式。
5月1日、ベルリンで血のメーデー事件
10月24日 - ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落。世界恐慌の引き金となる




1930 昭和5


1月11日 - 濱口内閣の主導で日本が金本位制に復帰(金解禁)
1月21日 ロンドン海軍軍縮会議開催
2月26日 - 共産党員全国一斉検挙開始
4月22日 - ロンドン海軍軍縮会議終結。米英日の3国で軍備制限条約締結
4月25日 - 統帥権干犯問題が発生
5月17日 - フランス軍がラインラントから撤退開始 (撤退完了6月30日)
6月17日 - スムート・ホーリー関税法にフーバー米大統領が署名




1931 昭和6


1月16日 - 霧社事件の引責により台湾総督石塚英蔵が退任。
2月28日 - 婦人公民権案を衆議院で可決(3月24日に貴族院で否決)
5月8日 オーストリアのクレジットアンシュタルトが破綻、3日後に取引停止。
9月18日 - 柳条湖事件(満州事変勃発




1932 昭和7


2月9日 - 前蔵相井上準之助が東京本郷で血盟団員小沼正に暗殺される(血盟団事件)
3月1日 - 満州国が建国宣言
5月5日 - 第1次上海事変: 上海停戦協定調印
5月15日 - 五・一五事件で、犬養毅首相が殺害される
7月4日 - 日支紛争の実状調査にあたるリットン調査団が来日
8月2日 - ドイツ総選挙でナチス党が圧勝
11月8日 - 米大統領選挙で民主党ルーズベルトが現職フーヴァーを破り当選




1933 昭和8


1月30日 - ヒトラーが独首相に就任、ナチス政権獲得 (失業者600万)
2月1日 第1次4か年計画発表
2月20日 - 作家小林多喜二が治安維持法違反容疑で逮捕される。東京・築地署に留置され特別高等警察の拷問により虐殺される。
2月24日 国際連盟が日本軍の満洲撤退勧告案を42対1で可決。松岡代表退場。
2月27日 ドイツ国会議事堂放火事件。
3月4日 - フランクリン・ルーズベルトが第32代米大統領に就任。ニューディール政策始動。
3月24日 - 独国会で全権委任法可決され、ナチス独裁が確立
4月19日 米国で金本位制停止
5月2日 独は労働組合を解散しドイツ労働戦線に1本化
5月31日 - 日本が中国国民党との間で塘沽協定を結ぶ(満州事変の終結)
7月15日 ドイツは強制カルテル法 同業によるカルテル設立の強制
9月13日 ドイツは帝国食料団体設立法による分野別の経済団体設立
9月23日 - 第1回日本ヨット選手権大会開催(品川沖)
11月16日 ドイツは価格停止令布告、価格と原価の管理を国が行う
11月17日 米国、ソ連を承認
12月5日 - 米国で憲法修正第21条批准 (禁酒法廃止)




1934 昭和9


3月1日 - 満州国にて帝政実施。執政溥儀が皇帝となる。
5月以後 - 東北地方を中心に冷害と不漁が相次ぎ、その年の同地方は深刻な凶作となって飢饉が発生した
8月19日 - 独国民投票によりヒトラーの総統という地位が承認される( - 1945年)
9月18日 - ソ連が国際連盟加盟
10月15日 - 中国工農紅軍が瑞金を脱出し長征を開始
12月29日 - 日本が米国にワシントン海軍軍縮条約の単独破棄を通告。
ヨシフ・スターリンの「大粛清」が始まる。




1935 昭和10


3月16日 - アドルフ・ヒトラーがヴェルサイユ条約を破棄し、ナチス・ドイツの再軍備を宣言、徴兵制で86万人兵役、失業問題解決
8月12日 - 永田鉄山暗殺事件(相沢事件)
10月3日 - イタリアがエチオピアへ侵攻開始(第二次エチオピア戦争)
12月9日 第二次ロンドン海軍軍縮会議開催




1936 昭和11


1月15日 日本がロンドン海軍軍縮会議から脱退
2月26日 - 二・二六事件勃発
3月7日 - ドイツがラインラントに進駐
5月7日 - 立憲民政党斎藤隆夫の粛軍演説
5月18日 阿部定事件、 軍部大臣現役武官制復活
7月17日 - スペイン内戦勃発
11月3日 アメリカ合衆国大統領選挙でフランクリン・ルーズベルトが再選
11月25日 - 日独防共協定締結
12月12日 西安事件




1937 昭和12


1月9日 - トロツキーが第二の亡命先であるメキシコに到着
1月13日 - スペイン内戦: 反政府軍が領海に機雷を敷設し海上封鎖
1月25日 - 宇垣一成に組閣命令
4月26日 - スペイン内戦中、ナチス・ドイツ空軍がゲルニカを空襲
6月11日 - ソ連、トゥハチェフスキーがスターリンに粛清される。翌年まで赤軍大粛清
7月7日 - 盧溝橋事件。これが発端となり日本国と中華民国間に、日中戦争が勃発
10月5日 国際連盟、諮問委員会で日本の軍事行動を九カ国条約・不戦条約違反とする決議採択
米国のフランクリン・ルーズベルト大統領、シカゴで侵略国を批判する「隔離」演説
11月6日 - 日独伊防共協定成立




1938 昭和13


1月3日 - 女優岡田嘉子が杉本良吉と共に樺太国境を越えてソ連に亡命
1月16日 - 近衛文麿首相、「国民政府を対手とせず」の声明(第一次近衛声明)。トラウトマン工作打ち切り
3月13日 - ナチス・ドイツ、オーストリアを併合
3月17日 - ポーランドがリトアニアに対して48時間以内に国交を樹立する旨を要求する最後通牒を提示。
3月 - 樋口季一郎、ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ難民をソ連のオトポール駅で受け入れる決断。オトポール事件
4月1日 - 日本、国家総動員法公布
7月3日 - ドイツで「KdF-Wagen」(のちのフォルクスワーゲン・タイプ1・通称ビートル)発表
7月11日 - 張鼓峰事件勃発( - 8月10日)
7月15日 - 1940年東京オリンピック開催権を返上。
9月29日 - ミュンヘン会談(〜30日)でドイツにズデーテン地方(チェコ)割譲が決定
10月2日 - ポーランドがチェコスロバキアのテッシェン地方を占領
10月27日 - 日本軍、武漢三鎮占領
11月9日 - ドイツでユダヤ人迫害開始(水晶の夜)
12月4日 - 日本軍、重慶爆撃開始





1939 昭和14


2月27日 - イギリス・フランスがスペインのフランコ政権を承認
3月14日 - チェコスロバキアからスロバキアがドイツの保護国として独立、カルパト・ウクライナ共和国も独立
3月16日 - ドイツがボヘミア・モラヴィアの保護領化を宣言(チェコスロバキア併合)、ハンガリーがカルパト・ウクライナ共和国を併合
3月22日 - ドイツがリトアニアのメーメルを併合
3月23日 - ハンガリーがスロバキアを攻撃(スロバキア・ハンガリー戦争)
3月28日 - フランコ軍がマドリードを占領(スペイン内戦終結)
4月7日 - イタリアがアルバニア王国に侵攻
5月12日 - 満蒙国境で日本・ソビエト連邦両軍が衝突(ノモンハン事件)
7月26日 - アメリカ合衆国は日本に対して日米通商航海条約の破棄を通告した。
8月23日 - 独ソ不可侵条約締結
8月25日 - ポーランド・イギリス相互援助条約締結
8月28日 - 『欧州の天地は複雑怪奇』という声明を出して平沼内閣総辞職
第二次世界大戦勃発
9月1日 - ナチス・ドイツとスロバキアのポーランド侵攻
9月15日 - モスクワで東郷茂徳大使とモロトフ外相間にノモンハン事件停戦協定成立
9月17日 - ソ連赤軍がポーランド東部に侵攻
11月30日 - ソ連赤軍がフィンランドに侵攻、冬戦争勃発



1940 昭和15

1月14日 - 阿部内閣総辞職
1月16日 - 米内内閣成立
1月21日 - 浅間丸事件。房総沖で英国軍艦が浅間丸を臨検し、ドイツ船客21名を引致
2月2日 - 斎藤隆夫の反軍演説。
2月29日 - 米アカデミー賞発表。『風と共に去りぬ』
3月7日 - 戦争政策批判により衆議院が民政党斎藤隆夫を除名処分
3月12日 - ソビエト連邦・フィンランド講和条約がモスクワで調印(冬戦争終結)
3月28日 - 敵性語追放:内務省が芸能人の外国名・ふざけた芸名禁止を通達(ミスワカナ、ディック・ミネ、バッキー白片、藤原釜足ら16名)
3月30日 - 汪兆銘、南京で親日政府樹立(南京政府)。
4月1日 所得税法施行規則改正施行(勤労所得の源泉徴収開始)
4月9日 - ドイツ軍がデンマーク王国・ノルウェー王国に侵攻(北欧侵攻)、デンマークが降伏。
4月10日 - 米穀強制出荷命令発動
5月10日 ドイツ軍がオランダ王国・ベルギー王国・ルクセンブルク大公国・フランスに侵攻開始(ナチス・ドイツのフランス侵攻、オランダの戦い) 英チェンバレン内閣総辞職 - チャーチル挙国一致内閣成立 英国がアイスランドに侵攻
5月13日 ペルーリマで日系移民経営の商店などに対して大規模な破壊掠奪(リマ排日暴動事件)が発生した
5月15日 オランダがドイツに降伏
5月18日 - 日本軍、重慶を大空襲(一〇一号作戦、 - 9月4日)。
5月28日 - ベルギーがドイツに降伏
6月3日 - ドイツ空軍がパリを空襲
6月4日 - ドイツ軍がダンケルクを占領したが、抱囲されていた英仏軍の大半は脱出に成功(ダンケルクの戦い、ダイナモ作戦)
6月5日 - ドイツ軍が対仏総攻撃を開始
6月7日 - ノルウェー国王ホーコン7世が英国に亡命
6月9日 - ノルウェー国王が英国より対独抗戦中止を命令
6月10日 イタリアが対英仏宣戦布告 ノルウェーがドイツに降伏
6月11日 - フランス政府がトゥールに移転
6月13日 - フランス軍がパリから撤退
6月14日 ドイツ軍がパリに無血入城  フランス政府がボルドーに移転
6月15日  イタリア軍がフランス領に侵攻  ソ連軍がリトアニアに進駐開始
6月16日 - フランスレノー内閣辞任、ペタン元帥が首相に就任
6月17日 フランス・ペタン首相がドイツ軍に休戦提議  ソ連軍がラトビア・エストニアに進駐開始
6月18日  フランス・ド・ゴール将軍が自由フランスとしてロンドン放送で対独抗戦継続を呼びかける
6月19日 - 日本がフランスに対漢援助禁止を警告
6月22日 - 独仏休戦協定締結
6月24日 - 近衛文麿が枢密院議長を辞任し新体制運動推進を決意表明
6月27日 - 伊仏休戦協定締結
6月28日 - ソ連がベッサラビア及び北ブコヴィナ(ルーマニア領)に進駐
6月30日 - モンゴル人民共和国で新憲法公布
7月2日 - 仏政府がヴィシーに移動
7月3日 - 英艦隊がアルジェリアのオラン港の仏艦隊を撃滅
7月4日 - 陸軍首脳部が米内内閣打倒のため陸相畑俊六に辞職を勧告
7月5日 - ヴィシー仏政府が対英国交断絶
7月10日 - 独空軍による英本土空襲開始(バトル・オブ・ブリテン)
7月16日 - 米内内閣総辞職(畑陸相の単独辞職)
7月19日 近衛文麿、松岡洋右、東條英機、吉田善吾が会談(荻窪会談)  独ヒトラーが英国に和平を求める国会演説を行う
7月21日 リトアニア、ラトビア、エストニアが独立した「社会主義共和国」であると宣言  日本労働総同盟解散
7月22日 - 第2次近衛内閣成立
7月23日 - サムナー・ウェルズ米国務次官がバルト諸国のソ連への編入を承認しない旨を宣言(ウェルズ宣言)。
7月26日 - 閣議で基本国策要綱を決定(大東亜の新秩序・国防国家)
7月27日 - 大本営政府連絡会議が「世界情勢の推移に伴う時局処理要綱」を決定
「帝國は世界情勢の變(変)局に対処し内外の情勢を改善し速やかに支那事變の解決を促進するとともに好機を捕捉し對南方問題を解決す 支那事變の処理いまだ終わらざる場合において對南方施策を重点とする態勢轉換に関しては内外諸般の情勢を考慮しこれを定 右二項に對処する各般の準備は極力これを促進す」
「佛印(広州湾を含む)に対しては援蒋行為遮断の徹底を期するとともに速やかにわが軍の補給擔(担)任、軍隊通過および飛行場使用等を容認せしめかつ帝國の必要なる資源の獲得に勉 情況により武力を行使することあり」
8月15日 - 立憲民政党の解散により議会制民主主義が実質上停止
8月20日 - 八路軍、日本軍に対して大攻勢(百団大戦、 - 12月5日)。 大日本農民組合解散
8月30日 - 第二次ウィーン裁定:ルーマニア王国、北トランシルヴァニアをハンガリー王国に割譲。
8月31日 - 杉原千畝副領事、ナチスドイツの迫害によりポーランドなどから逃れてきたユダヤ人に大量ビザを発給。
9月7日 - クラヨーヴァ条約:ルーマニア、南ドブロジャをブルガリアに割譲。
9月12日 - フランスのラスコー洞窟で洞窟壁画が発見される。
9月19日 - 御前会議
9月23日  日本軍、フランス領インドシナ北部に進駐(北部仏印進駐)。 日仏印軍事協定成立。
27日 - 日独伊三国軍事同盟成立。
10月1日 - 第5回国勢調査(内地人口7311万4308人、外地人口3211万1793人)
10月3日 フランスのヴィシー政権がユダヤ人並びに外来者に対する法を可決。
10月12日 大政翼賛会発会式 ドイツ軍がルーマニアに進軍開始
10月28日 イタリア軍がギリシアに進軍開始(ギリシャ・イタリア戦争) ヒトラーとムッソリーニが会見
10月31日 バトル・オブ・ブリテン終了
11月5日 米大統領選挙でフランクリン・ルーズベルトが3選される(後に4選される)
11月11日 - イギリス海軍が空母艦載機によりターラント軍港を攻撃(タラント空襲)
11月13日 - 御前会議で日華基本条約および支那事変処理要項を決定
11月14日 ドイツ軍がイギリス中部の都市コヴェントリーを空襲
11月20日 - ハンガリーが枢軸国に加入
11月22日 - トルコ全土で戒厳令
11月23日 ルーマニアが枢軸国に加入 タイ・フランス領インドシナ紛争が勃発。
11月24日 元老西園寺公望公死去(国葬12月5日) スロバキアが日独伊三国条約に加入
11月25日 タイ・フランス領インドシナ国境紛争勃発
11月27日 - ルーマニアでイオン・アントネスクによるクーデター。ニコラエ・ヨルグを含む、亡命中の旧国王カロル2世の支持者60人以上が逮捕・処刑される。
11月29日 - 議会開設五十周年式典(国会議事堂)
11月30日 - 日華基本条約調印(汪兆銘政権承認、日清通商航海条約破棄)
12月18日 - ドイツ ヒトラーが独ソ戦(バルバロッサ作戦)の準備を命令
12月29日 - アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトが「アメリカは民主主義国の兵器廠となる」と発言




1941 昭和16


1月2日 - 大日本帝国海軍航空部隊が昆明を爆撃(〜3日)
1月6日 - アメリカ海軍が 戦艦ミズーリを起工
1月8日 - 東條陸相が戦陣訓を通達
1月10日 - 独ソ不可侵条約更新
1月16日 - 大日本青少年団結成
1月18日 - 欧州航路最終の貨物船「だあばん丸」が横浜に帰港
1月21日 - 松岡外相がタイ・仏印紛争に関して調停を申入れ、両国受諾
1月23日 - 野村駐米大使が出発(東京駅においてグルー駐日大使や松岡外相、陸海軍首脳らの見送りを受け郵船鎌倉丸で横浜出港)
1月31日 - 日本の調停によりタイ・仏印紛争が妥結し停戦協定を妥結
2月7日 - タイ・仏印紛争調停会議が東京で開催
2月13日 - 統制経済の複雑化に対応するため,警視庁が経済保安課を経済警察部に昇格
2月14日 - 野村駐米大使がルーズベルト大統領と初会談
2月15日 - 堀切駐伊大使がムッソリーニ首相と初会談
2月16日 - 蒙古聯合自治政府主席徳王一行が靖国神社・明治神宮に参拝
2月26日 - 情報局が各総合雑誌に執筆禁止者(非左翼自由主義者)の名簿を内示
2月28日 - タイ・仏印紛争緊迫によりハノイの邦人引揚げを準備
3月8日 - 野村駐米大使とハル国務長官が日米交渉開始
3月10日 - 治安維持法が全部改正される
4月1日 国民学校令施行 ドレミファの階名がイロハとなる
4月3日 - ロンメル将軍のドイツ軍が北アフリカ戦線でイギリス軍を撃破
4月5日 賀川豊彦らキリスト教会代表が平和使節として渡米
4月6日 ユーゴスラビアがソビエト連邦と不可侵条約に調印 ナチス・ドイツを始めとする枢軸国がユーゴスラビアとギリシャに侵攻(ユーゴスラビア侵攻、ギリシャ・イタリア戦争)
4月13日 -日ソ中立条約成立
4月17日 - ユーゴスラビアが独に降伏
4月23日 - ギリシャがドイツに降伏
5月7日 - 中原会戦( - 6月15日)。
5月8日 - 東京条約が締結されタイ・フランス領インドシナ紛争が終結
5月19日 - 越南独立同盟(ベトミン)成立
5月27日 - 第二次世界大戦: ドイツ海軍の戦艦ビスマルク沈没
5月27日 - アメリカ合衆国大統領ルーズベルトが国家非常事態宣言を発令 日本軍、重慶を爆撃(一〇二号作戦、 - 8月末)。
6月14日 - 16,246名のリトアニア人がソビエト当局によりシベリアなどへ強制追放( - 6月18日)[2]
6月22日 - ナチス・ドイツがソビエト連邦に対して攻撃開始(バルバロッサ作戦)し、独ソ戦が始まる
6月26日 - フィンランドがソビエト連邦に対して宣戦布告(継続戦争)
6月27日 ハンガリーがソビエト連邦に対して宣戦布告 ユーゴスラビアのチトーがパルチザンを組織し、ドイツ軍に対するゲリラ戦を開始
6月30日 - ドイツが日本に対して対ソ参戦を申し入れるも日本は拒否
7月1日 アメリカが、世界初となるテレビ放送を開始。
7月7日 アイスランドにアメリカ軍が駐留 関東軍特種演習(関東軍、対ソ戦を準備、 - 8月)。
7月12日 - 第二次世界大戦: 英ソ相互援助協定締結
7月16日 - 第2次近衛内閣総辞職(松岡洋右外相更迭)
7月18日 - 第3次近衛内閣成立(外相豊田貞次郎)
7月19日 - 伊藤情報局総裁が「変転極まりなき国際関係に恃むは自力のみ」と土曜放送で強調
7月23日 ルーズベルト米大統領,シェンノート指揮下の義勇空軍の中国配置を認可し,軍事援助を明らかにする。 日本・仏印間に南部仏印進駐細目の話合い成立
7月25日 - 米が在米対日資産を凍結
7月26日 英が在英日本資産を凍結 極東アメリカ軍をフィリピンに創設(司令官ダグラス・マッカーサー中将)
7月27日 - 蘭印が在蘭印日本資産を凍結
7月28日 - 日本軍、フランス領インドシナ南部進駐(南部仏印進駐)。
8月1日 - 米、石油の対日輸出全面禁止を発表
8月12日 フランクリン・ルーズベルトとウィンストン・チャーチルが大西洋憲章に調印。
8月18日 - 豊田外相が日米首脳会談を要請
8月25日 - イギリス・ソビエト連邦がイラン進駐を開始
9月3日 - 日米首脳会談の要請を米国が拒否
9月6日 - 御前会議にて「帝国国策遂行要領」を決定
9月28日 - 日本軍、西貢に上陸。
10月16日 - 近衛首相、内閣を総辞職。
10月18日 - 東條英機が内閣総理大臣となり、東條内閣を組閣。
11月15日 - 第77臨時議会召集
11月17日 - 東條首相の施政方針演説を録音放送(初の議会放送)
11月23日 - 南雲機動艦隊が単冠湾(ひとかっぷわん)に集結
11月26日 ハル国務長官が日本側乙案を拒否し中国撤兵要求を提議(ハル・ノート)
南雲機動艦隊が単冠湾を出港
11月27日 - 大本営政府連絡会議が「ハル・ノートは日本に対する最後通牒である」と結論
12月6日 - ルーズベルト大統領が日米交渉の中で、昭和天皇に対し「平和を志向し関係改善を目指す」との親電を送る。
12月6日 - イギリスがフィンランド・ハンガリー王国・ルーマニア王国に対して宣戦布告
12月8日 - 日本軍のマレー半島上陸および真珠湾攻撃で太平洋戦争が開戦する。日本、対米英宣戦布告[注釈 1]。
12月9日 - 中華民国(重慶政府、蒋介石政権)、日独伊に宣戦布告。
12月10日 マレー沖海戦 日本軍がグアム島占領 日本軍がルソン島上陸
12月12日 - 日本政府、『支那事変(日中戦争)』も含めて戦争名称を『大東亜戦争』と決定
12月16日 日本軍が英領北ボルネオに上陸 大和 (戦艦)竣工(呉海軍工廠)
12月21日 - 大日本帝国とタイ王国の間で日泰同盟調印
12月22日 - 日本軍がウェーク島上陸
12月25日 日本軍が香港占領(英軍降伏)
12月27日 - アメリカ合衆国の映画の日本国内での上映禁止を発表



2020-3-3


 
posted by 速魚 at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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