2022年05月06日

熊野古道 伊勢路 波田須の道


 熊野市新鹿に住んでいる友人を訪ねました。その彼は定年を迎えて、雪の積もる新潟より田舎暮らしを求めて棚田に新居を構えて生活をしている。 イノシシ、シカ、サルの野生動物に悩まされながらも楽しんで暮らしています。

 ここら辺にある世界遺産の 熊野古道 伊勢路 を歩いて来ました。熊野古道は高野山に続く道だと思っていましたが、それは他にもあり、お伊勢さんにお参りをした人が熊野大社を訪ねるための参詣道が古くから整備されていたようだ。 この紀伊の地は紀勢線が開通したのが昭和39年でそれまでは交通の不便な地で岬岬にある集落は孤立していて連絡船により他の集落と往来していた土地であった。


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 上図の熊野古道を歩く、二木島峠・峰紙坂峠登り口(出発)より波田津の密登り口南側(帰着)まで


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 案内図


 新鹿(あたしか)から歩き始めた。 さすがに世界遺産に登録されてから大きな整備が行われたのであろう。案内板や表示が整備されていて道に迷うことも少なく歩くことができる。 といっても狭い坂道を上ることになり、行き交う人も見当たらないさみしい道ではある。小生が行っているヨットでの城探訪のようにヤブをかき分けて道を探すようなことはありません。 道は石畳のような整備がされています。 熊野古道の伊勢路の中で鎌倉時代に築かれた重厚な石畳の道もこの経路にはあります。 波田須神社の地点(波田須のみち南側)で今回の帰着とした。そこは国道311号に出ることになるのですが、ここには徐福茶屋があり、その崖下への道を下ると徐福の神社がある。 徐福は不老不死の薬を求めて秦の時代に中国を出たのだが、ここ波田須には徐福が訪れた記憶が伝わっており、徐福の神社の発掘の折には秦の古銭が見つかっておりその伝説の信憑性が高いものになっている。


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 新鹿にある二木島峠へ向かう古道が左手へ。 ここから波田須の道へ出発


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 311号のトンネルを抜けずに左側の石段が古道になる


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 鎌倉時代の造営道

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  徐福茶屋  手前は国道311号


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 茶屋の下に見える徐福神社



  東紀州観光手帳   波田須の密
https://kumanokodo-iseji.jp/spot/8424/ 


       2022-5-6


posted by 速魚 at 05:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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