薩摩には鹿児島城を本城として、藩内各地に外城(とじょう)を配置し、それは120もあったという。 秀吉に屈服するまでの島津氏は九州を平定するほどの勢いであったので武士を多く抱えていた。領地は削減されたが武士の数は減らさなかった。それゆえに人口の1/4が武士であったという。
島津氏は独自の外城制度で各地の山城周辺に麓(ふもと)武家屋敷をつくり武士を住まわせた。 仮屋(かりや)と呼ばれる役所を置き、周辺に馬場と呼ばれる何本かの道により町割りをして、武家屋敷が配置された。 各地にそれを見ることができる。
ヨットで鹿児島を訪れた時に、これを知ることになった。 長崎の世界遺産を見た後は、新たに目標ができ、日本遺産に指定された12か所を訪ねることになった。 詳細は後日に報告いたします。
1. 鹿児島城
2. 喜入旧麓
3. 出水麓
4. 入来麓
5. 里麓
6. 手打麓
7. 串木野麓
8. 蒲生麓
9. 知覧麓
10. 加世田麓
11. 垂水麓
12. 志布志麓
2023-6-29
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