二神島
二神島へは時間によりフェリ−と高速船の便がある
三津浜よりフェリーに乗り二神島へ行く、帰りは高速船で津和知島へ向かった。
二神水軍のゆかりを訪ねるべくこの島に向かった。 かつて、瀬戸内海の一方の旗頭であった忽那水軍の勢力も忽那義範以後は一族を率いる強力な後継者に恵まれず、辛うじて河野氏の家臣に連なり衰退の一途をたどった。 戦国時代には海賊の主流は村上氏や二神島の二神氏に移っていった。
二神氏は長門の国・豊田から来たと云うが元々二神家はここにあったという。河野氏に属したようだが、その滅亡とともに庄屋として存続した。 現地には何も案内が無い。 城の山イブキ自生地があり、いかにも海賊砦の立地のようなであり、また、城山の地名があるので、そこは砦跡なのかもしれない。
城の山 イブキ自生地
安養寺、 電気柵に囲まれていた。 二神家の墓地があるというが見つけられなかった
二神島 ヨット泊地
青丸は候補地、 新旧高速船の二つのポンツーン
高速船の旧ポンツ−ンがあるので、そこは良い停泊候補地になる。
左がフェリー岸壁、 右は赤色の新高速船ポンツーン
旧高速船ポンツーン
2024-12-11