白河小峰城は駅を降りてすぐ近くである。小峰城の成立は、1340〜1369の頃、白河庄を治めていた結城宗広(ゆうきむねひろ)の嫡男親朝(ちかとも)(別家小峰家を興す)が築いたことに始まるとされる。
結城氏の本拠は、小峰城より東へ約3キロメートルの所に位置する白川城であったが、結城氏一族の内紛のあった永正年間(1504〜1520)以降には、本拠が小峰城に移ったと推定されている。
天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原攻めに参陣しなかった結城氏は、秀吉の奥羽仕置で改易となり、以後37年間にわたり小峰城は会津の支城となる。蒲生氏郷、上杉景勝、蒲生秀行と領主が変わるなか、白河には城代が置かれた。蒲生秀行時代と考えられる慶長年間の城絵図を見ると、城郭や城下の整備も行われ、梯郭式平山城としての縄張りや城下の原型はできあがっていた。
寛永4年(1627)に初代白河藩主となった丹羽長重は、城郭の大改修を行った。およそ4年の歳月をかけて寛永9年(1632)に完成した姿は、本丸・二之丸を総石垣で固め、三之丸においても門周辺部には石垣積みとした梯郭式の平山城で、随所に石垣を多用した。
木造で復元されて戦後の城復元のモデルとなる。 規模は大きくないけれどまとまった見がいのあるオススメのお城であった。
藤門
木造で復元された三重櫓と前御門
1991年に本丸御三階櫓が木造により復元された。
搦手門
櫻門
帯曲輪門
再建中の清水門
2022-11-20