亘理から田代島へ
2025年の秋巡航は例年と違い極めて短いものになってしまう。 長年お世話になったS先輩とクル−ズを供にして、三陸のリアス式海岸を廻るつもりであった。
9月末の亘理大花火大会の開催日に合わせて荒浜フィシャリ−ナに到着。 3000円の入場料を払うことなく、もう目前の理想的な位置、すなわちマリ−ナのヨットコックピットから1時間の壮大なイベントを楽しむことができた。 人生で目にした最大の花火であった。 その写真を撮ること忘れたほどで、ここに揚げられないことは残念である。
まだ、9月下旬は台風が日本を襲う時期で、10月初旬に日本列島の東方海上沖を通り過ぎると、その年の台風時期が終焉となる。それと彼の体調が悪かったので出港が11月まで大幅に遅れた。
やっとポンツ−ンを離れてすぐに船尾からの白煙が気になる。 おまけにスピ−ドが3ノット前後だ。 船底の汚れ・特に海草や ノリが着いたのであろう。 エンジンの回転数も下げて様子を見た。最初の港の田代島より先へ行くのを断念した。 猫の顔を見ながらここ仁戸田に泊まって翌日には帰航することになった。 帰りは少し航走により汚れが落ちたせいか半ノットほど早くなった気がする。
田代食堂の人に餌をもらった猫たち。 島の人がエサをやり島外の人の餌やりには注意が必要
ニャーと鳴きながら近くに寄って来た人なつこいネコちゃん、なでなでしてあげた。
平塚八太夫
斜めに傾いだ案内板
平塚八太夫は仙台藩、水戸藩の御用商人であり、北はサハリンからフィリピンやベトナムまで交易による豪商であった。 「西に銭屋五平衛あり、東に平塚八太夫あり」と云われたほどである。 函館に居を構えて活躍したそうで、 婿養子の平塚時蔵(1836-1922)は函館に活躍してそこの四天王の一人と言われた。
せっかくの島の遺産であるのに石巻の行政は朽ちるにまかせたままにしている。
崩れかけ放置された屋敷跡、 明治に大火で消失
田代島・仁戸田 ヨット泊地
赤丸は階段のある停泊地、 青丸は候補地
防波堤に階段が造作されている乗降しやすいところに係留した。 他にももう1か所あった。 田代食堂前に着けていたモ−タ−ボ−トも見かけた。 比較的空きのある漁港のように見受けられる。
赤丸の係留地
2025-12-18