2026年春 塩釜より倉敷まで
25歳の時にY15デインギーを購入して、26歳で22fクル−ザ−を手に入れ、30歳で退職し日本一周に挑戦する。 しかし、北海道を廻って石巻で中断した。 40歳でスペインのマジョルカで友人と52fのケッチを購入する。その彼と西地中海と大西洋横断をした。 69歳になり遅まきながら今回のヨットを購入する。 昨年に我がヨット巡航の中での東京−石巻の空白部分を埋めることが出来た。 今度のその帰りで、5月3日に無事、母港倉敷まで航海して戻ることが出来た。 79歳になり今回の航海で「終活のヨット」を終えた気がしています。
ヨット我が巡航
2026年
3月18日 友人佐野さんが米国コロラドより我が自宅に到着
3月20日 自宅より友人と共に宮城県亘理町・荒浜フィシャリ−ナ着
3月24日 荒浜より塩釜へ マリンシステムにて上架、 船底塗装開始
3月26日 瑞巌寺訪問
3月27日 船底・プロペラ塗装終了、 塩釜岸壁へシフト、
3月28日 友人が火傷でクリニックへ行く
3月29日 塩釜―荒花フィシャリ−ナ
3月30日 オ−トパイロット台座製作
3月31日 先輩の島田さんと3人で仙台にて昼食
4月1日 荒浜―松川浦 松川浦泊
4月2日 松川浦泊
4月3日 松川浦泊
4月4日 松川浦泊 相馬温泉天宝の湯
4月5日 松川浦泊 中村城と駒ヶ嶺城見学
4月6日 松川浦−久之浜 久之浜泊
4月7日 久之浜泊
4月8日 久之浜―大津 大津泊
4月9日 大津泊
4月10日 大津伯
4月11日 大津ー久慈 久慈泊
4月12日 久慈泊、 日曜診療受診
4月13日 久慈―大洗マリーナ 大洗マリ−ナ泊
4月14日 大洗マリ−ナ泊
4月15日 大洗マリ−ナ―銚子マリーナ 銚子マリーナ泊
4月16日 銚子マリーナ泊
4月17日 銚子マリーナ泊、 外川漁港見学
4月18日 銚子マリ−ナ―大原 大原泊
4月19日 大原発 夜間航海
4月20日 下田着 下田泊
4月21日 下田泊 下田温泉銭湯
4月22日 下田発 夜間150マイル航海
4月23日 二木島着 二木島泊
4月24日 二木島泊
4月25日 二木島ー串本 串本泊
4月26日 串本泊 串本温泉
4月27日 串本向かい風引き返し 串本泊
4月28日 串本海草ペラ絡み引き返し 串本温泉 串本泊
4月29日 串本―周参見 周参見泊
4月30日 周参見―徳島 徳島 沖洲マリンタ−ミナル泊
5月1日 徳島泊 卑弥呼墓と聖徳太子墓の訪問
5月2日 徳島泊 春の阿波踊り開始
5月3日 徳島ー鳴門海峡―母港倉敷着
5月4日 友人佐野下船
5月5日より5月9日 帰港整備
5月10日 自宅へ帰還
5月13日 友人佐野の帰国予定
今回の巡航は、我がヨット人生の初めにY15の購入・売却・泊地の世話と援助を受けた友人佐野を「冥途の土産」と誘い連れ出したものです。 彼とは共同でケッチを購入して、地中海巡航や大西洋横断と共にに歩み、僕のヨット人生の大事な部分を彼と過ごした。
彼は最近には山の人となりヨットとは無縁であった。 ここ10年の自分のヨットの楽しみ方・各地の興味ある所を訪ねる旅について、その一端を共に過ごすために彼に米国から来ていただいた。
4月の天候は想像以上に悪く1日走って数日避泊する羽目になって、スケジュ−ルが押してきた。 故に業者のする廻航のような航海になってしまった。最大では夜間航行で150マイルも走り急ぐことになる。後期高齢者の航海には厳しいものであった。 下痢やセキに悩まされてクリニック通うことが数回、おまけに彼はヤカンを倒して火傷を負う。 このヨットは難民船と呼ばれて長いけれども今回は病院船であった。
佐野は人柄が良いので友人らの共有財産である。 航海中にその一人の友人が亡くなられた。 危篤前に佐野に会いたがっていたけれどもその思いは遂げられなかった。 小生が独り占めしてしまい、申し訳ない自分がある。 いつ何があるか分からない切羽詰まった年になってしまった老生である。 独りよがりの終活のヨットを終えた次第である。
2026-5-11
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