2026年07月05日

海の武士道・騎士道 まとめ

   
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工藤俊作 提督


 もうウイキや検索でも調べられない。小生がまだ、若い船員であった昭和の時代に、積荷の自動車が多数、時化て損壊した。敗戦から20年以上建った平和の時期であったのに、事故の責任をとりその船長は切腹した事件があった。船が沈没したわけではない。その船長は亡くなられた。当事はまだ戦前の船長は船と共に命をささげた記憶が残っていたせいであろう。

 その当事の日本では、船員法第12条で船長の最後離船が、同法で罰則規定も定められており法的な義務として定着していた。1969年から1970年にかけて「ぼりばあ丸」事故、「波島丸」事故、「かりふぉるにあ丸」事故と立て続けに3件の遭難事故が発生する中で、それぞれの船の船長が離船を拒否して殉職する例が見られた。

 他に、1980年、LNG船が関門海峡の投錨地で座礁した際にアメリカ人船長がピストル自殺した例、1997年、福井県沖でナホトカ号重油流出事故が発生した際にロシア人船長が救出を拒否して後日、遺体となって発見された外国人の例も起きた。



  海の武士道・騎士道を以下にまとめてみました


  1. 高橋伊望 ・ 竹内一 ・ 工藤俊作の責務 

  2. 工藤俊作のお墓を訪ねて

  3. 自衛隊のいじめと工藤俊作

  4. 海の騎士道 米国海軍

  5. 東慶丸による難民救出

  6. 陽明丸の4人の男たち



         2029-7-5



posted by 速魚 at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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