2013年08月07日

ソフィン戦争 隣国が大国である小国の運命


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    マンネルハイム将軍・大統領


7月末に練習艦”かしま”がフィンランドを訪問した投稿動画を見ました。礼砲21発の最高待遇で迎えられました。館内見学も好評の様子が見てうかがわれます。 
 フィンランドでは東郷ビールが有名です。日露戦争後にフィンランド独立に日本の勝利が影響した事実として、ビールは採りあげられます。しかし1970年に海軍総督シリーズの中の一人として発売されました。日露戦争で戦ったロシアのマカロフ提督もその中にありますので、東郷だけのビールではありません。フィンランド独立後に記念して発売された東郷ビールという事実はないようです。

 フィンランドは第2次大戦のころにソ連と二度戦争をしました。独ソ不可侵条約で勝手にフィンランドとバルト3国はソ連圏内と決められました。それでソ連はフィンランドにレニングラード防衛のためと称して領土割譲要求をする。それを拒否してソ連と1度目の”冬戦争”になった。フィンランド軍は予備役も含めて26万人、ソ連は60万人で戦車と飛行機は30倍の差がある戦力でした。雪中の奇跡といわれるほど予想外に大善戦したけれど、フィンランドは不利な条件で停戦講和した。独立は守ることができました。その戦争でのソ連の大損害はスターリンの大粛清のせいで軍の幹部の大部分をなくしていたのが原因と言われています。停戦から1年ほどして、独ソ開戦になり今度はフィンランドは枢軸側に属し2回目の”継続戦争”を戦います。一時は領土回復をなすがソ連にまた押し戻される、なんとか侵攻をくい止め膠着状態になる。フィンランドは戦況がドイツの形勢不利と判断して、分離講和を計り不利な講和条件をのんで休戦協定に調印した。”継続戦争”では”冬戦争”以上の犠牲をフィンランドは払った。ソ連はフィンランド軍の3倍以上の損害をうけた。困難な状況でもなんとかフィンランド独立を維持しました。戦後はソ連従属外交をして、フィンランド化と悪い意味でいわれていた時期がありました。でも今はどうでしょう、GNPは高く、ちょっとノキアは元気がないですが、学力テストの成績で世界一です。

 隣国は選べないといいますが、厄介なお隣さんは大変です。フィンランドに比べてバルト3国は独ソ不可侵条約後に抵抗することなく無血でソ連に併合され、独ソ開戦とともにドイツに占領されて、再びソ連に占領されました。戦後もスターリン体制の中で多くの犠牲者をだし、抵抗したフィンランドよりも多数の国民の犠牲者がでました。冷戦の終わるまでバルト3国は独立できませんでした。大国の隣の小国の対応も難しいものがあります。さて中韓の隣人を持つ日本はどうでしょうか?


       2013-8-7


    ソ連の北海道分断を救った人々
    http://hayame2.sakura.ne.jp/details1016.html#北海道分断
    ガリポリの戦いとトルコの近代化
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    欧州情勢は複雑怪奇
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posted by 速魚 at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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