2013年10月22日

地中海孤島めぐり5

5. イビザ北西部の島々

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 イビサがヒッピーの島として有名になりだしたのは1960年代になってからのことである。60年代後半には、観光ブームに乗ってホテルが急造され、太陽の海岸やマジョルカ島に見られる現象がここにも出現した。しかし、観光ブームが訪れる以前のイビサはバレアレス諸島の中でも最も貧しい島で、メノルカ島が持つチーズや干しイチジク等の農産移出物も、大理石、レザークラフトもなく、マジョルカ島のような広大な耕地もなかった。農家の二、三男坊は島を離れるしか、一軒の農家を守る遭がなかったと思われる。この、水の足りないやせた土地で生きることのできる人間の数は、かなり限られたものであったのだろう。移民団が組まれ、こんな小さな島としては大掛りな植民が南米へと行われた。南米各地にイビザ語を話す村が残された。
 観光は島の村々の様相をすっかり変えてしまった。現在イビサ島で二番目に大きな街サン・アントニオは、かつては懐の深い大きな湾に面した漁村であった。ある老漁師はそこをイビサで一番美しい入江と呼んだが、今その美しさを知るためには湾に立ち並んだホテル群を網膜から消さなくてはならない。沿岸で漁をするための小舟を入れるカセタと呼ばれるほったて小屋が未だに歎軒あるが、サン・アントニオ一番の繁華街も、つい20年前まではカセタの並ぶひなびた漁村だった。街に近いカセタは二〇〇万、三〇〇万ペセタというバカ高徳で売られている。もともとなんの公式的権利も書類もなしに島民が波打際に建てた舟のガレージに、今は巨大な船外機を付けたスピードポートが収っている。
 サン・アントニオでは、夕陽は沖合いの灯台のある島へ落ちる。コネヘーラ島である。イビサ周辺にある鳥の中では大きな方に属し、ひょうたん型をしている.ひようたんの長い方で二二〇〇メートルあり、ひょうたんのくぴれた部分には舟を寄せることができる。小さなプールのような舟着き場も、灯台守りのためにある。この島は、もともと隣りのボスケ島を通じてイビサ本土と陸続きであったが、水位の変化で二つの島に分れてサン・アントニオの西の防波堤を形作ることになった。一万年以上前のことである。その際、二つの島に残ったのがうさぎであるというが、にわかには信じ難い。名前が示すとおりコネホ、小型の野うさぎはいるが、一万年以上も前に分れたにしてはイビサ本土のものと酷似し過ぎている。土地の人は、コネヘーラのうさぎの方が肉は固いがはるかに美味いと言う。しかし、これは食性によるもので、種によるものではあるまい。五〇メートルぱかりの水路を挟んでうさぎが行き来するものかどうか、好き者が放ったものか、灯台守りが飼っていたのが野生化したものなのか想像するだけである。島に上陸すると、その名に恥じないほどのうさぎのフンである。二種類の灌木(かんばく)がうさぎに格好の食料と巣を提供している。コネヘーラへは数回上陸したが、うさぎを目にすることはできなかった。まだ新しいフンが、ぱらまかれた散弾銃の薬莢(やっきょう) の間に見られ、コネヘーラのコネホの繁殖力の強さを知るばかりだった。
 隣のボスケ島には、その名が示すような森はない。イビサ本島のど−チ、カラコンタからは手の届くような距離にある。これらの二つの島からさらに五キロメートルほどのところに、プレダ諸島と呼ばれる一群の島がある。このコネヘーラとプレダの間が、一年を通じて薫の漁場で、ハガツオ、カツオ、サバ、アジを、素朴な仕掛けで釣り上げることができる。島の人間は、骨っぽい根付きの小魚を好む。小舟を岩場に寄せ、水深二、三メートルに糸を垂れると、それらの小魚が面白いように掛る。竿(さお)もリールもなしの手釣りである。イソカサゴの類で市場でも高値を呼ぷ。これをイビサ人は、ニンニクをたっぷっ利かせ、野菜と一緒に煮込む。
 サンアントニオの北西にあるマルガリータ島は、島の真ん中がトンネルのような空洞になった奇観を見せてくれる。水深が十分にあるので、10メートル以上の舟でも、そこをくぐり抜けることができる。
 これらの島々を巡り、小さな入江に立ち寄るには、サンアントニオは便利なところである。古い木造船に、100年以上の老婆舟もあるが、ベンチをしっらえて数多くの路線を運航している。イビザ一周遊覚コースから、フォルメンテーラ島一日コース、近くの入江、カラコンタ、カラバッサ、カラサラーダへのピストン輸送フェリーまで、2-3週間はまたたくまに過ぎてしまうはどバラエティに富んでいる。スペイン本土のデーニアからサン・アントニオまで、わずか三時間のフェリーもある。

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この地図は、一五五五年にイタリア人技師ジオ・バッタ・カルビ が、スペイン王の命を受けて作製したものである。北西に大きな口を開けているのがサン・アントニオ。湾の入口をふさぐように、黒いシミが二
つあるのがコネヘーラ島とボスケ島である。

 一九〇九年、ドン・フアン・トウールの家で発見された泥人形。カルタゴ前期のものと思われる。全長二五センチ、どこかE・Tに似ている.

     2013-10-20


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posted by 速魚 at 06:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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