2013年10月26日

地中海孤島めぐり9

   9. プニョン・デ・イファク


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この奇妙な名前を持つ岩山はプーニョ・デ・イファチとも呼ばれ、スペイン本土と低い塩田地帯でつながる小さな岬である。
 私事になるが、初めて海上からプニョン・デ・イファクを目にした時、時化(しけ)の後で強いうねりが残り、うっすらと水線にかすむ影が雲なのか島なのか判別できなかった。
 マジョルカ島からジブラルタルに向う途中、カポ・デ・ガタ近くでちょっとした嵐に出くわした。地中海は鏡のよぅだ湖のようなものだと聞かされていたが、11月終りごろの地中海は一時間ごとに風向きが変り、三角波が立ち、それが時として荒た。ヨットがロマンを誘うのは、あくまでも順風(Gentle Breeze)がセールに柔かい風をはらんだときである。真正面から向い風を受け、へさきを波に突っ込み、潮はデッキをザブザブ洗う、しかも地中海での波とうねりの波長が短いせいか、やたらに落着きのない揺れ方をするヨットの上にあっては、ただ耐えるだけが唯一の航法となる。三日ほど陸を見ていなかったし、ぬれと寒さと凍れ、船酔いで意気消沈の体で、さっばり距離のかせげない向い風の航路を変え、もう一度北上してカルタヘナかアリカンテなどの大きな港に逃げ込むことにした。
 セーリングヨットにしろ、補助エンジンを積んではいる。向い風の時や出入港の時など、エンジンの助けなしでは、狭い港内で操船して上手に接岸するのは難しい。にもかかわらず、セーリング派は、エンジンを不可解なもの、余計なものとしている。エンジンの方でも不信の念に復讐(ふくしゆう)するかのように、エンジンが一番必要なころ合いを見計らって、ストライキを打つ。エンストである。この偶然があまりにも多く重なるので、エンジン本体になんらかの意志が働いているとしか思えぬほどだ。
 水平線に見えたプニョ・デ・イファクに入港しようと決めてから15時間以上かかった。エンジンさえ動いてくれれば三時間で着く距離を、弱い向い風の中、ジグザグに角度を付けて登って行った。夜明けとともに岩陰を確認し、一日いっぱいプニョ・デ・イファクの岩肌が様々な色に変るのを見ながら、ノクリノクリと近付いて行った。周囲が時灰色のモヤに包まれても、その岩山だけはまさに沈まんとする夕陽に映え、緑青を帯びて銅板に強い光を当てたようにに鈍く反射していた。
 入港できたのは真暗闇(やみ) になってからだった。この岩山はジブラルタルに似ている。ヨットハーバーは岩山の陰にあり、地中海や冬の強風レバンテに対して安全な避難所となっている。
 一日、船の指針の役を果してくれた岩山に登ることにした。プニョン・デ・イファクは、そそり立った標高328メートルの石の塊で、ロッククライミングの練習場としても名が通っている。その年にも五人が墜落死しているが、比較的安全なルートもある。なんの目的で作ったものか、山の中腹に人ひとりがやっと通れるトンネルが掘られ、内側から海側の絶壁へ出られるようになっているのだ。そのルートを利用すれば、特別な装備なしに一時間程で頂上に着くことができる。畳二枚ばかりの平たい石があるだけだ。北側にマライラ岬、ナオ岬がせり出し、手前に緩やかに湾をなすフステーラとレバンテのビーチが見える。南方にはボンバルド岬、陸側はペルエア山脈が迫っている。アルテアの村が美しい白壁とローズ色の屋根を見せている。奇観を呈しているのは、ベルニア山脈がアルテアへずり落ちている急斜面だ。その灰色の岩にへばり付くように幾百もの白い別荘(当時プール付き1000万円台の価格)が建っているのだ。まるで仙人の巣のように。人間の所作を受け付けないこのプニョ・デ・イファクとは対照的に、ベルエアは人間の挑戦を受け入れた岩山である。
 カルペの町はプニョン・デ.イファクを売り物にして観光客を集め出した。うねうねと伸びる海岸遊歩道もできた。元来裕福な人々のリゾート地であったから、全体が広々としている。おまけに、最悪の例ざだとカルペの人々は言うのだが ー ペニドルムが山を越えた隣にある。あんな町にはしたくないという強い意志が働いているのだろうか、カルペは小さな田舎町の良さをふんだんに残している。
 毎水曜日に開かれる青物市場は、近くの農夫が泥の付いた野菜をそのまま並べて売っていて楽しいし、魚の朝市は漁船が入港して荷揚げを終える夕方八時ごろから始る。バラエティーには乏しいが、ともかく新鮮だ。カツオもキロ150ペセタというバカ安値で売られる。魚市場の周囲には海産物レストランが並ぷ。
 アルテアもひなびた漁村の面影を残す美しい町だ。傾斜地に作られた古い町で、スペインの町の別に漏れず、中央の高台に教会がある。そこまで行くと、眼Fにローズ色の屋根が積み重り、対岸にはプニョン・デ・イファクがそびえ立ち、海面にその姿を落とし、一層大きく見える。ペルニア山の上まで車で登ることもできる。
 岩陰のヨットハーバーに妨(もや) ったことがいかに幸運であったかを三、四日後に知ることになった。初冬の地中海独自の猛烈な東風レバンテが二日間吹き荒れたのだ。
一般に、地中海は風向きが変りやすく、風のカによる波やうねりは大きく成長はしないのだが、この二日間に及ぷ烈風は地中海にしては異常な波高を持ったうねりを作り出した。両隣のヨットハーバーが危いというので、カッパを着込み、セイフティーハーネスを付け、カルペ・ヨットハーバーのスタッフと一緒にバセテ港に駆け付けた。港を見下す崖(がけ)の上に着いた時、目にした光景に震えが来た。狭い港内は狂瀾(きょうらん)のるつぼと化し、続々と押し寄せる大波は披頚を風に引きちぎられながら防波堤を乗り越え、紡いのロープが切れた船が岸壁や他のヨット、ポートにぷつかり合う。しやれたクラブハウスも、屋根から潮に洗われ、崩壊を待つぱかりだ。沈んだヨットが三隻、マストを水上へ突き出し、揺れている。豪華なモーターボートが打ち上げられ、破れた船底をさらしている。修羅場とはこんな状態のことを言うのだろう。
 人間のカ、構築物はちっぽけなものだ。泡立つ港内を、なすすべもなく、ただ泣きながら見ている人が数人いた。帰り道、沸き立つ海面の向ぅに、我々のヨットを守ってくれたプニョン・デ・イファクが水墨画のようにそびえていた。

   2013-10-25

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posted by 速魚 at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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