2013年11月23日

ポーランドとの友好



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 2年間 日本に住んで 体調を回復したのち帰国する ポーランド孤児たち

 小生が同盟を結ぶべきという3国のひとつポーランドについてです。
神戸震災の後には子供たちがポーランドに招待され歓迎されました。今度の震災でも支援がありました。
 大正時代(1920-22年)にソビエト革命で孤児になっていた400人余りのポーランドの子供たちを、救助して体力の回復まで2年間日本で過ごしました。その故国に帰国した当事者の老人が神戸震災の子供たちの歓迎会場に参加して、恩返しの一部でも出来たと喜び、覚えていた君が代を歌いました。
 先の大戦中にユダヤ人にパスポートを発行した杉原千畝さんは、一人も日本人のいないカウナス領事として派遣されました。有名な出来事はポーランド系ユダヤ人を救出ですが本来の任務は情報収集でした。スウエーデンには小野寺信が武官として情報活動についており、杉原さんともども日本の欧州諜報機関はイギリスにあった亡命ポーランド政府¥の諜報機関といい関係ができており、バルバロッサ開始・ドイツの対ソ戦とヤルタ会談の情報・ソビエトの対日参戦の貴重な情報を日本に知らせることができました。その活用はできませんでしたが。また子供たちの中に日本の友好協会を設立した人がナチのポーランド占領中にパルテイザンに参加し危機になった時に、3国同盟の敵にもかかわらず日本大使館がそれらを助けた逸話もあります。敵味方に分かれても友好は続いていました。
 名もない庶民が何も求めないで築いた友好はトルコでもポーランドでもその後に長く続きます。こんな先祖から受け継いだ遺産は大事にしたいですね。
 
 
  在ポーランド日本大使館のHPより
   http://www.pl.emb-japan.go.jp/kultura/j_rocznica_epizody.htm

       2013-11-23

    杉原千畝
    http://hayame2.sakura.ne.jp/details1024.html#杉原千畝
    ポーランドとシラフタ
    http://hayame2.sakura.ne.jp/details1016.html#シラフタ
    ポーランド近代史
    http://hayame2.sakura.ne.jp/99_blank004.html#ポーランド史2



    
posted by 速魚 at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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