2014年01月07日

フリードリッヒ2世の生涯


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 フリードリッヒ大王 1712-1786

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  フリードリッヒ2世は歴史上2人います。一人は1712-1786年のプロイセン大王です。バッハの息子のカール・フィリップ・エマニュエル・バッハが彼の宮廷楽団のチェンバロ奏者でした。父のバッハがそこに行き王様から音楽のテーマをもらい、即興で弾いたのが音楽の捧げものBWV1079として有名です。専制啓蒙君主でボルテールと交際し他国の君主にも尊敬され、国が滅亡しそうになるが、代替わりした後継者の尊敬を集めて講和ができて助かったエピソードがあります。現在のプロイセンは先の大戦で負けたことからロシアの飛び地やポーランドの領土となっています。でもそれまでのドイツ統一の盟主となった国です。

   バッハ音楽の捧げもの  演奏レオンハルトやクイケン兄弟   48.11分
    https://www.youtube.com/watch?v=pyUNNA5QK6w

 もう一人は父親のハインリヒがノルマン王朝のコスタンツアと結婚したことから、神聖ローマ皇帝に加えてシチリア王にもなったフリードリッヒ2世・1194−1250没です。当時のシチリアはイスラム・ビザンテイン・ラテン文化が混在して融合していた背景があり、4歳でラテン語を習得しギリシヤ語・アラビア語など6つの言語を習得した。幼児の時は両親がいなくて不遇です。その当時の独特な文明の影響の中で言語の習得ばかりでなく、他のことも独学で自由に学んで育ちます。青年になり神聖ローマ皇帝の継承争いのなか、彼は選挙により皇帝に選ばれる。わずかな人数でドイツに渡り実権を掌握する。この時は法王によってローマで戴冠する。これ以降は生涯にわたって法王と争うことになります。帝国を中央集権化とローマ以来途絶えていた法治国家として運営していくことを彼は目標とし、メルフィ憲章を創設して実施しました。
 法王の意に従うことがないので、破門されます。その中で外交のみで戦うこともなく、無血でエルサレムの返還を実現した・第6次十字軍。法王は血を流さないでエルサレムを返すこと自体が不満であった。まあ今でいう原理主義者ですね。イタリアではロミオとジュリエットの世界で描かれている、皇帝派と法王派の争いが続きます。法王との争いの詳細を情報公開で知らせることにより、破門されても理解を得ていました。法王と国王の争いは叙任権争いと教わりましたが、そうではなく領土も含めた権力闘争です。地上での神の代理人とされている代々のローマ法王を通じて神は皇帝や王という世俗の君主たちに統治を委託してきたと考えているのが中世です。コンスタンチヌスの寄進書が偽書と判明するのは15世紀ですのでまだ200年後です。
 中世にいた早すぎた啓蒙君主が皇帝フリードリッヒ2世です。戦いで勝利した君主ではなく選挙で選ばれた皇帝でした。従い戦争するにも領地よりの軍隊は少なく、せいぜい2万ほどの寄せ集めでしたので完全に制圧することはできませんでした。自身の能力が高かったので統治できたのですが、死んでしまうと徐々に法王が陰謀の限りを尽くして奪っていきます。フランス王の弟にシチリアへ陥入させ、最後はシシリア王国はフランスのものになります。後になって、まとまったフランスが権力を行使できる体制が整うと、法王はアビニョンに幽閉されることになります。自らまいた種ですね。
 コムーネといわれる自治都市がミラノを中心として法王側について皇帝と対立します。自治都市はのちのルネッサンスの中心となる勢力ですが、皇帝の早すぎたルネッサンスを妨げました。政治は賢公によれば効率的なことは確かで、時代を超越してことをなすことができます。皇帝フリードリッヒ2世がいい例ですね。でもはかなくて例外的になる宿命です。悪公の例は現代でも過去でも多く有りすぎです。
 日本の例に例えると、13世紀ですから鎌倉幕府の時代です。頼朝のように軍事で制覇していないで、高知の守護・地頭が選挙により選ばれて将軍になり後醍醐天皇と権力闘争をするようなものです。おまけに両親がいなくて成長した青年です。日本を法治国家にするため、新律令憲章を制定し、足利の学校でリベラルアーツを教える。死ぬまでは成功して,巧みな外交で元寇さえも起きずにパクスジャパンの平和を実現したのが皇帝フリードリッヒ2世です。
 まあ、余計な説明を聞くより塩野さんの本をお読みください。読むつもりの人には害になるかもしれませんね。

皇帝フリードリッヒ2世の時代13世紀の音楽   2.05分
http://www.youtube.com/watch?v=4nI-9ildOus&list=PL32B037BF0813B95E

 速魚による船中発策のノブレスオブリージュと責務のページへ  

  http://hayame2.sakura.ne.jp/details1024.html

 皇帝フリードリッヒ2世の嫡子と庶子
 http://hayame2.sakura.ne.jp/details1012.html#フリド2の嫡子

 皇帝フリードリッヒ2世の教育
 http://hayame2.sakura.ne.jp/details1018.html#フリド2の教育

             2014-1-7

posted by 速魚 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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