2014年02月07日

十字軍物語3 始まりとその後 

 
    塩野七海さんによる

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  カノッサの屈辱は1077年に神聖ローマ皇帝ハインリッヒが破門され三日三晩立ち尽くして,その解除を願った事件です。法王の権威を誇示した事件でした。しかしそのあとで皇帝の反撃が始まり法王は逃げ回ることになります。 十字軍は法王が権威を打ち立て取り戻すために企画しました。十字軍が終わり、美男王フィリップにより法王が70年に渡りアビニョンに捕囚されました。
 十字軍は失敗に終わります。フランスは諸侯の国より小さいのですが、有力諸侯が十字軍で死んだ後に、その領地を次々と直轄領にしてフランスの王権を強化し中央集権化がすすみました。
 法王は神聖ローマ皇帝フリードリッヒへの敵愾心に燃えるあまりに、結局もうひとつのフランス王を強化することに役立ち、戦略を誤りました。結果的に法王は拉致される立場になるのです。
  アッコン陥落10年が過ぎて、ヴェネツイアとマメルーク朝は通商協定を結びました。通商の民イスラム教徒はジハードでキリスト教徒を追い払ったけれど、ビジネスのうまみは続けたかったということでしょう。

 ヴェネツイアはリスクの分散と情報収集や資本の集約で経済大国になりました。イスラムとの利害の一致で巡礼が再開される。ヴェネツイアのように経済力を得たイタリアの都市国家の市民たちがルネッサンスを興すことになります。
 法王は神の代理人であり、神の意志を伝える人で、神は間違わないのだから法王も誤ることはない。信者の信仰が足りないのが何事もその失敗の原因であると言われる。十字軍の失敗も法王が責任を問われることはありませんでした。ルターがそれに疑問を呈するまでは、その権威にゆるぎはありませんでした。   

   
         2014-2-7


     宗教のくびき
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     アヴェマリア
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     藤原正彦 国家の品格
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posted by 速魚 at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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